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恋愛小説【第3話】あの日、何も持ってなかったけど

甘くて、ちょっと苦い。
パティシエを目指す菜桜と、恋に奥手な陽翔。
まだ気づいていない――これは、恋が始まる少し前の物語。
“あの日、何も持ってなかったけど”ふたりの距離は少しずつ変わり始めていた🧁🌱



📖前回のお話(第2話)

菜桜は、退院した陽翔の祖母・千代子のもとを訪れ、自作のプリンを手渡す。
初めて作ったとは思えない優しい味に、千代子は微笑みながら言った──
「私は、あなたの作ったプリンの方が好きよ」

翌朝、陽翔も「売り物みたいだった」と褒めると、菜桜はぱっと花が咲くように笑った。
けれどそのあと、ふと浮かんだ寂しげな横顔に、陽翔は小さな違和感を覚える。

それでも心の距離は、ほんの少し近づいた気がした。
そんな朝の教室では、修学旅行を楽しみにする声が飛び交っていて──

🧑‍🤝‍🧑登場人物紹介

🧁 長谷川 菜桜(なお):パティシエ志望の高校2年生。お菓子作りが得意。
🏐 西岡 陽翔(ひろと):バレー部男子。恋に不器用で、ちょっと奥手。
🎀 上原 綾香(あやか):菜桜の親友。ズバズバ言うけど、実は繊細。
🎭 佐々木 一生(ささき いっせい):陽翔の親友。ふざけてるけど、いいヤツ。
🎧松田 彰(まつだ あきら):陽翔&一生とつるむ落ち着き系ツッコミ担当。ニヤニヤしながら恋を見守る茶々入れ役。

【第1章】まだ知らない横顔


第3話:火の灯りに、とけた甘さ


🚅 修学旅行、始まりの朝

修学旅行は、中間テストが終わってすぐ6月の上旬に始まった。
グループごとに新幹線に乗り込んで、座席に着く。
車内は朝からにぎやかだった。陽翔は少し離れた席に座る菜桜を見た。
昨日、綾佳に笑いかけていたあの顔が、まだ頭に残っている。

くすっと微笑んだその瞳の奥に、一瞬だけ、寂しさの影が見えたような──気のせいだったのかもしれない。

斜め前では、菜桜が綾佳とスマホやしおりを覗き込みながら、肩を寄せて笑っていた。
その様子は、普段通りで、どこかほっとする光景だった。

(――俺の思い過ごしか……)

「あれあれ陽翔く〜ん?」
一生が陽翔の横からぬっと顔を出し、ニヤニヤしながら言った。

「長谷川さんのこと見つめちゃって。どんだけ隣に座りたかったの?」
「大丈夫だって、陽翔くん。旅は始まったばかりだから。チャンスはあるって!お兄さんたちがサポートしてやるから。」
彰が陽翔の肩に肘を置き、わざとらしくウインクを飛ばす。

「だから、ちげーって!」
陽翔は眉をひそめ、思わず声を荒げる。

「……ったく、めんどくせーな……」
顔を逸らしながらそう呟いたが、
耳までほんのり赤くなっているのを、ふたりは見逃さなかった。

「ははーん。これは認めたということですね。ね?彰さん。」
「その通りですな、一生さん。」

ふざけた調子で盛り上がるふたりの後ろで、気配を感じた。
「……あ」


🍬 マカロンと笑顔の距離

菜桜がこちらへ歩いてきていた。

「これ、マカロン。たくさん作ったから、甘いもの嫌いじゃなかったら、皆で分けて食べてね。」

細長い箱の中に、カラフルなマカロンがぎっしりと並んでいた。
ロールケーキがちょうど収まるくらいの大きさで、見た目も可愛く、ひとつひとつが丁寧に作られているのがわかる。

「あー!菜桜!西岡にはあげないって言ったのに!なんであげちゃうの?全部私のだよ?」
綾佳が陽翔の持ってるマカロンの箱を覗き込んで、頬を膨らませた。

「いいじゃない。たくさんあるし。それに、綾佳のは特別仕様だよ。”映え”にしてあるから。」
ニヤッと笑って取り出したのは、透明な箱に3つ入った可愛いマカロン。
ラッピングも凝っていて、まるでギフト用みたいだった。

綾佳との“約束のマカロン”。 一番大切な友だちにだけ贈る、特別な3粒。

「えぇぇ…めっちゃ可愛い!なにこれ!こんなんプレゼントされたら惚れるわ!」
「あはは、そう?じゃあこっちは要らない?お腹満たす用。」
そう言って、菜桜は少し得意そうに、もうひとつの箱をカバンから取り出した。
その中には、陽翔たちに渡したのと同じマカロンが詰められていた。

「え。菜桜好き。結婚して。」
「うんうん、私も綾佳好きだよー。」
そう言って、ふたりは笑いながら座席に戻っていった。

「…なに、アレ?」
一生がぽかんと口を開けたまま、マカロンに手を伸ばす。
「さぁ?ただイチャつきを見せられただけみたい。」

陽翔も若干戸惑ったように答えながら、視線はさっきの“マカロン女子会”に残ったままだ。
「女子ってよくわかんねーよなぁー。」
一生はマカロンを口に入れた。

「…うまっ!なにこれ?俺、マカロンって初めてだけど、こんなウマいもんなの?」
「え?俺も食ったことねーからわかんねー。…食う?」
そう言って、ひとつ口に入れながら、同じグループの女子にも差し出した。
女の子たちからは、口々に「すごい!」「美味しい!」と歓声があがった。


🔥 炎の明かりに照らされた横顔

2泊3日の京都旅行。初日は定番の清水寺を観光したあと、ホテルへと向かった。
明日は、グループごとの自由行動だった。夜は、キャンプファイヤーのあと肝試しが予定されていた。

自由行動では、菜桜たちの姿は見つからなかった。
行き先が違ったらしい。
陽翔はそれだけで少し、物足りなさを感じていた。

ホテルでの夕食後、キャンプファイヤーが始まった。任意参加のダンスにはほとんど人がいなかったが、辺りは賑やかだった。

陽翔は、いつの間にか人混みの中から、菜桜の姿を探していた。
少し離れた場所に、ひとり座って炎を見つめる彼女の姿を見つけると、そっと近づき、声をかけた。

「ひとり…?上原は一緒じゃないの?」
「ん?あぁ、綾佳はあそこだよ。」
陽翔の声に顔をあげて、キャンプファイヤーの炎の方を指さした。
綾佳は、他のクラスメイトと楽しそうにはしゃいでいた。

「綾佳は、お祭りとかああやって騒ぐの、好きだから。行ってきてって、言ったの。…私、見てる方が好きだから。」
少し肩をすくめて笑う。

「…西岡くんも、皆とワイワイするの、好きだと思ってたけど…?」
「俺は…嫌いじゃないけど……なんか、こういうのはいいや。……隣、いい?」
「うん、どうぞ。」

しばらく黙って炎を眺めたあと、陽翔は用意していた話題を切り出した。
「あの……マカロン、ありがとう。すげー美味かった。俺、初めてだったんだけどさ、女子がめちゃくちゃ褒めてた。だから、すげーやつだったんだなって。」

「ありがとう。嬉しい。…マカロンは、ちょっと自信があるんだ。」
菜桜が、照れたように笑った。
その笑顔はどこか幼く、無防備でーー
陽翔の心臓が、キュッとなった。

「あ……パティシエ、目指してるんだって?ばぁちゃんに聞いた。」
陽翔は、用意していたマカロンの話が終わってしまい、慌てて次の話題を探した。

「うん、お父さんがパティシエだったの。…お父さんの作るお菓子が大好きでね……。私もそうなりたいって、思ったんだ。」
ゆらめく炎に照らされた菜桜の横顔が、一瞬、寂しげに見えた。

「へー。すげーな。お父さん、お店とか出してるの?」
陽翔の問いに、菜桜の瞳が一瞬揺らいだように見えたが、炎のせいだと、陽翔は思った。

「亡くなったの……小学校に上がる前に……事故でね。だから、お店は閉じたよ。」

陽翔は、何も言えなかった。
ただ、胸の奥がじわりと熱くなるような、初めての感覚だけが残った。
炎のせいじゃない。
揺らいだ瞳に、確かに“涙をこらえた気配”があった。

「……ごめん。デリケートなこと、聞いた……」

菜桜が、ぷっと吹き出した。
「西岡くんって、デリカシーのある人なんだね。気にしないで踏み込んでいくタイプだと思ってた。」

「なっ…!?ちょ…酷くない??俺、そんな奴に見えんの?結構ショックなんだけど。」
笑いながら言い返したけど、胸の奥がジンとした。
思ってた以上に、ショックを受けた自分に驚いた。

「ごめんごめん。西岡くん、友達多いから。誰とでも仲良くなるでしょ?だから、グイグイいくのかなって、思ったの。相手の懐に入るのが上手なんだね。……お父さんのこと、気にしないで。話したの、私だし……ね?」

その時、綾佳が遠くで菜桜を呼んだ。

「なーおー!写真撮ろーよー!」
「うん、今行くー!」
菜桜は立ち上がると、陽翔の方を向いて微笑んだ。
「話し相手、してくれて、ありがとね。」
そう言って、菜桜はふっと笑った。

無意識に滲んだようなその笑顔は、これまでより少しだけ柔らかくて──
でも、どこか遠くを見ているようにも見えた。

駆けていく背中が、炎の明かりに揺れている。

陽翔の胸には、あの笑顔の輪郭だけが、不思議な余韻となって残った。
まるで、触れようとしても届かない、遠くにある陽だまりみたいだった。――そんなふうに思ってしまう自分に、少しだけ戸惑った。


💓 触れられそうで、触れられなかった

「ねぇねぇ、何話してたの?告白された??」
綾佳がニヤニヤしながら菜桜の肩をつついてくる。
「そんなんじゃないよー。マカロンのお礼と、西岡くんのおばあちゃんの話。」
「ふ〜ん。」
そう言いながらも、綾佳には菜桜がどことなく嬉しそうに見えた。

一方その頃、ひとり残されていた陽翔のもとに、一生がニヤニヤしながらやってきた。

「ひっろっとく〜ん?菜桜ちゃんと、なぁに話してたのかな〜?ほら、邪魔しないで、遠くから見守ってた一生くんを褒めてくれても、いーんだよ?」

「…うわ…何その馴れ馴れしい呼び方…」
眉間に皺を寄せて、わざと引いてみせたが、その呼び方が少し気に障った。

「別に大したこと話してねーよ。マカロン美味かった、って……それだけ。」
口ではそう言いながらも、思い出した菜桜の笑顔が、頭の片隅からなかなか消えてくれなかった。

「へぇ。…じゃあ、俺が告白してもいいんだ?」
急に真顔になった一生が、陽翔の隣にしゃがみこんでくる。

「……マジで?お前、そうだったの?」
陽翔の目に、思わず動揺の色がにじむ。
一生は大きくため息をつくと、陽翔の肩に腕を乗せ、いつものお調子者の様子ではなく、少しトーンをおさえて言った。

「あんさぁ、動揺してんじゃん。それ、取られたくないってことだろ?少しは素直になったら?別に否定することなくね?」
陽翔は言葉に詰まる。
「…っ……否定したっていうか、事実だし。別に…まだ好きなわけじゃねーし。」

「“まだ”ねぇ〜。はいはい、じわじわ来てんだ。いいじゃん、そういうの。ゆっくり育てなよ、恋心♡」
「はぁ?何だよ、その言い方。キモいわ。……つーか、ほら。終わったし。戻るぞ。」

陽翔はそう言いながら立ち上がったが、
鼓動の早さだけは、どうにも誤魔化せなかった。


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