見出し画像

「真珠女」最終話【バロック】

【バロック】

青く澄んでいる綺麗な冬の空を見上げながら、高層ビルに挟まれた大通りを歩いていた。
ビルの屋上にピエロが立っている、風船をたくさん持っていて、そのまま空を飛んで行くんじゃないか
そう思った瞬間ピエロは落下した
見てはいけないと思って目が覚めた。

葵―――

隣に葵がいない。違う、今さっき「行ってくるね」と私に声をかけて出ていったんだ。玄関まで送ってキスをしたんだ。
起きて葵がいないと寂しいから出かける時は絶対に起こしてって言ったのを葵は守ってくれて、毎日どんなに急いでいても必ず起こしてくれる、寝てていいよって毎日言われるけど絶対に玄関まで送りキスをする。ドアが閉まる時、振り返って手を振ってくれる時の顔が毎日愛おしい。これから喧嘩をしてしまっても、どんなにその時怒っていても、葵が出かける時は必ず玄関まで一緒に行くと決めている。

今日は葵の靴下を買いに行こうと思っていた、どれもボロボロで、いつ買い替えるんだろうと思っていたけど、私が買いに行けばいいだけだ。ついでに葵が好きなデパ地下のプリンを買って、葵が帰ってきたら一緒に食べよう。

洗濯物を干して、掃除機をかけていたら外が暗く曇り始めて雨が降りそうだった。雨が降る前に出ようと思い掃除機を止めて急いで家を出た。

外に出ると雪が降りそうなくらい風が冷たい。雨が降りそうだと思って出てきたのに、洗濯物を干しっぱなしにしてしまったと10階にある自分の部屋のベランダを見上げ、戻るのは面倒だと思いこのまま行こうと駅に向かう。部屋の電気を消さずに出てきた気もするけど、気にせずに歩いた。

葵のために、葵が喜んでくれるなら、私の選択肢は常に葵中心で、葵を疑う事もしなかった。
たまに営業が長引いて帰りが遅くなる時は必ず連絡をくれる、約束した事も守ってくれる。絵に描いたような完璧な彼氏で、私は葵の完璧な彼女でありたい。苦手な料理も葵の為にちょっとずつ勉強して、もっともっと葵に愛されたい。

ゲームセンターのUFOキャッチャーに、葵が好きなキャラクターのフィギュアを見つけた。UFOキャッチャーなんてあんまりやった事ないけど、ちょっとだけやってみようと思って200円入れた。

全然思った場所にアームが落ちない、もう1回。
あと少しなのに全然落ちない、気が付いたら1800円使ってしまった。次で落ちなかったら店員に言って落としやすい位置にずらしてもらおう。絶対に取って帰って葵にプレゼントする。葵のために頑張ったんだよ 、2000円以上かかったんだよと言ったら、馬鹿じゃないのと笑われそうだ。

200円を入れてレバーに触れた時、よく知ってる匂いが脳天に刺さった。常に遺骨を愛でるように持ち歩き、毎晩溺れていたあの匂いだ。

「奈帆!」
涼が同い年くらいの男2人と一緒にいた。

「奈帆、もしかして―――」

「お願い待って!奈帆待って―――」

腕を振り払い、人波を無視して走った。
交差点の青信号が点滅しているのが見える、今渡れなかったら追いつかれる、赤になった信号を無視して走った。冷たい風で耳が痛い、喉の奥で血の味がする。1歩踏み出す度に中身が飛び出しそうになる鞄を押さえながら、カツカツとヒールで地面を蹴る度に音と振動が頭に響く。なんで今、なんで涼が生きているんだ、涼は葵が殺してくれたのに。

家まであと十数メートルの所で、足が縺れ躓き、ばたんと派手に転んだ。

地面に打ちつけ擦りむいた手に血が滲み、ストッキングは破れ膝が抉れている。全身が鼓動に合わせて波うち、耳が遠くなる。

振り返ると涼はいなかった。

横を通りすがる数名の視線を感じながら、アスファルトに大粒の涙を落とし泣き喚いた。

葵がやっと助けてくれたのに、葵が私を愛してくれなかった瞬間なんて1度も無いのに。葵は私が欲しいと言ったもの全部くれたのに。葵はいつも私の手を離さないで、こっちだよって、引っ張っていってくれるのに。

どうして1度も私を愛してくれなかった男が今振り返って其処に居ない事がこんなに苦しいの。

全然わからない、わからないよ。誰か教えてよ。

いくら涙を流しても、
涼はかけらも流れていかない。

いくら涙を流しても、
真珠の呪いは私を蝕み続ける。

涼は最後、私になんて言いかけたんだろう。もう二度と聞くことはない。

14階から見える景色は、普段部屋から見える景色とあまり変わらない、
頭が潰れるまで潜水していく。

ぱっくり割れた私の頭
顎が砕けた衝撃で
銀歯が1つ飛んでいった
今そこでキラリと光ってる。

葵ごめんね、本当にごめんね、
大好きだよ、世界で一番葵が大好きだよ。


真珠女 【終】


#創作大賞2024
#恋愛小説部門


いいなと思ったら応援しよう!

春野憂美 最後まで読んでくださり、ありがとうございます。 いただいたチップは【読書】【映画鑑賞】【展示会のチケット代】など、今後の創作活動のために大切に使わせていただきます。