【掌編小説】 鏡乙女 《未来のためにできること》
首にはシャネル
シルバーのネックレス
吸血鬼に首を噛まれても死なないように。
耳にはクロムハーツ
十字架のピアス
魔女が耳元で何も囁けないように。
今日は彼と食事の約束をしている。
家を出る前、鏡に映る私の姿は
ファンデーションで丁寧に作った白玉肌
長い睫毛、赤い口紅に
悪魔避けのジュエリーを身に付けて。
「行ってきます」───
────「ただいま…」
彼と二人でイタリアンを食べた時間は
彼の顔色を伺うばかりで苦しかった。
数ヶ月前、既婚者の彼からホテルに誘われて
“一度だけ”と肉体関係を持ってしまった。
ホテルを出て、一人でタクシーに乗る度
罪悪感と惨めさで胸が詰まり、肺が凍結する。
何度も“これで最後にしよう”と誓ったのに──
「離婚は考えてない」
断言されても彼に会いたい。笑顔が見たい。
優しい言葉をかけてほしい…。
しかし思考の頂上で
“ホテルには誘わないでくれ”と毎回願う。
こんな関係、終わらせるべきだ。
しかし彼を失った未来を想像すると
そこに何の色彩も乗らないようで恐ろしい。
私を選ばないと分かっているのに
一人になるのが、とても怖い。
シャワーを浴びようとジュエリーを外した
彼は吸血鬼でも、魔女でもない
バジリスクみたいな男だ。
目を見たら魅力に依存し、石にされてしまう。
石になった私は彼にとって
随分と扱いやすいのだろう。
── 自分の裸姿が映った鏡を見て、涙が出た。
自分の事を、どうして大切にできないんだろう
私の心は、苦しいと言っている。
鏡に映る自分の充血した目を見ながら
鏡に手を当てて笑ってみた。
鏡の中の私は、私の手を取り笑ってくれる
私が泣けば彼女も泣き
私が笑えば彼女も笑う。優しい彼女。
鏡を覗けばすぐに会える、優しい彼女 ──
私が幸せであれば、彼女も幸せなのだろうか。
「木曜日、中華食べない?」
彼からの連絡に返信せずブロックをした。
私たちの明るい未来のために
彼への執着を手放した。
未来のために、自分の心の声と向き合い
自分を大切にして、愛すると決めた。
彼とのやり取りが無くなってしまうと
私のスマホには蜘蛛の巣が張る。
鳴らないスマホのホーム画面を
何度も確認する時間はとても孤独だ。
全身鏡を大量に購入し、部屋に並べた。
たくさんの私が私を見ている
私が笑っているのか、泣いているのか
彼女達がずっと私を見守ってくれている。
Tiffanyのバングルを買った。
銀色の太いバングルは鏡のように光を反射する。
バジリスクは鏡が嫌いだ。
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