「逃げ上手の若君」で松井優征が伝えたかったこと。
「逃げ上手の若君」は週刊少年ジャンプで連載された作品である。
題材は南北朝時代の北条時行。主に「太平記」の内容を時行視点で描いて、めちゃくちゃ面白くしたマンガだ。
友達から勧められて読み始め、めちゃくちゃ面白くてはまり、その友達を追い越して、ついに最終話まで読み終わった。
わざわざnoteに書いているということは、その感想を書いていこうというものであるが。
普通に感想だけ書いてもつまらないでしょ?
ということで作者の考えに迫ってみましょう!
あくまで私の考えだから、他の意見は教えてほしい!
では、始めます。
時行というキャラクターのコンセプト
北条時行は、鎌倉幕府の最高権力者の北条氏の嫡子で、その跡取り
になるはずだった人物です。
足利尊氏とかいう裏切者に全てを奪われました。
そのため尊氏のことを恨んでいました。
最後の方はお互いに宿敵としての運命を感じ合っていましたけど。
彼は最終的に史実通りに、寿命を使い切らずに死んでいます。
そんな彼の最後の言葉。
いろいろあったし尊氏は殺せなかった彼の最後の言葉。
あー、楽しかった!!
イカれてらー。
先程までの時行の説明とは別で、彼にはもう一つの顔があります。
それが、「全裸逃亡ド変態稚児」というもの。
彼は「逃亡」がスキなのですが、その間アへ顔になるという異常性があります(かわいいからまあ)。
アニメ化した際もそのせいでプチ炎上(?)していました。
話を戻すと。
彼は逃げることに、生き延びること自体に喜びと生き甲斐を感じていました。
エピローグでも、
彼はただ生きただけ
と述べられていたりします。
その通り、郎党といちゃいちゃして、ただ人生を楽しんでるだけです。
鬼ごっこも、楽しいからやっているというのが大きいと思います。
だから、彼の最後の台詞まで含めて、北条時行というキャラのコンセプトは、「楽しむ」ことだとわかります。
松井先生がいいたいこと
もともと、史実の北条時行は、物語性はありつつも、不遇の人生を歩まされた人物です。
それを、「ただ生きただけ」の人物として描き、そのめちゃくちゃ楽しそうな生活を描いている。
さらに、「ただ生きただけ」で歴史に影響を与えたとも表現している。
松井先生は、この作品を通して、そういった
「生きること、楽しむことの大切さ」
を伝えたかったのではないでしょうか。
私たちはどう生きるか
ここまで考えて、大事なのは私たちがどう生きるかです。
先程のやつは結構殺伐としているので、こう言い換えてみましょう。
人生はその過程が大事
死んだという結果ではなく、生きたという過程。
自分が何をしたかという結果ではなく、楽しんだという過程。
そういうのが大事だとも受け取れます。
これは結果論至上主義の現代社会に非常に刺さり。
もともとそういった部分に危機感を感じていたかもしれない松井先生が、その風潮を止めるために、この作品を書いたのかもしれません。
じゃあ、私たちはどうするか。
今すぐ結果を見るのをやめろというのは急すぎるし、そもそも物理的に不可能だ。
でも、少しずつ変えていくことはできる。
例えば、noteで、フォロワー数ではなく記事の中身自体に注目するようにしたり。
実績がない人からも学ぶようにしたり
そういうふうにできたらいいなと思いました。
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