失敗した靴は、捨てられていなかった
https://link.amazon/B0f3IQmJl
「安井先生へ。お預けしていた写真を、最後の展示に戻していただけませんか」
朝、共同工房の端末に届いた連絡は、別人宛てだった。
私は安井ではない。
靴修理職人の安西である。
一字違いなど小さなものだが、人間一人を別人にするには十分だった。
添付された古い写真には、体育館の舞台で踊る少女が写っていた。
足元には、赤いリボンのついた白い靴。
冬の朝の薄い光が窓から差し込み、色褪せた写真の中で、そのリボンだけが燃え残った火のように見えた。
私は、その靴を知っていた。
十九歳の私が作ったものだった。
*
廃校になった若葉小学校は、五年前から職人たちの共同工房として使われていた。
私の店は元六年二組の教室にある。
黒板の前に作業台を置き、児童用の棚へ革や靴底を並べた。
だが建物の老朽化で、今日が最後の営業日だった。
午後五時に門が閉まり、校舎は二度と使われない。
「開けないんですか」
若い同僚の瀬川が、教室の入口に立っていた。
昨日、私は婦人靴の踵を左右で三ミリ違えて削った。
二十年以上修理をして、初歩的な失敗である。
瀬川はそれを見た瞬間、口元を押さえた。
笑われたのだと思った。
今朝見ると、踵はきれいに直されていた。
瀬川が直したのだろう。
ありがとうと言えばよい。
それだけのことが、私には難しかった。
礼を言えば、自分一人では完成させられなかったと認めることになる。
仕事以外に取り柄のない人間から仕事まで取れば、残るのは、背中の丸い中年男だけである。
私は長年、その男との面会を避けてきた。
「体育館へ行く」
私は私は写真を瀬川へ見せた。
「今日は最後の営業ですよ」
「分かっている」
写真を戻すよう頼まれた安井先生とは連絡がつかなかった。
体育館の展示室も、午後五時には閉まる。
私は木戸へ「本日休業」の札を掛けた。
最後の日に休む靴屋など、よほど余裕があるか、よほど愚かである。
私の場合は、迷うまでもなく後者だった。
*
渡り廊下には、冬の朝の薄い光が溜まっていた。
体育館脇の展示室には、歴代の文化祭写真が年代順に並んでいる。
壁の中央に、一枚分だけ空白があった。
連絡に添付されていた写真が、そこへ戻るはずだったのだ。
その隣の写真を見て、私は息を止めた。
二年後の舞台で、別の少女が同じ靴を履いていた。
さらに三年後の写真にも写っている。
リボンは薄い桃色に褪せ、踵には黒い革が継ぎ足されていた。
展示棚の下には、舞台道具の修理記録が残っていた。
そこには、あの靴の踵や留め具を、毎年生徒たちが直した跡が記されている。
最後の欄に、小さく「赤いリボンは保管」とあった。
瀬川が舞台道具箱を開けた。
布や紐の底から、色褪せたリボンが一本現れた。
何度も結び直された跡があり、端は細かくほつれていた。
「使われたから、色が薄くなったんですね」
私は答えられなかった。
十九歳の私は、靴を作る職人になりたかった。
初めて作った舞台靴の踵は、本番前の稽古で外れた。
体育館の入口から笑い声が聞こえた。
私は皆が失敗を笑っているのだと思い、靴を置いたまま逃げた。
それから、作る夢を諦めた。
作ったものが壊れれば、自分の失敗になる。
すでに壊れた靴を直すだけなら、最初の傷は誰かのせいにできる。
「私は修理を選んだんじゃない」
私は色褪せたリボンを見ながら言った。
「作ることから逃げたんだ。笑われたと思ってな」
仕事台のない場所で話す私は、ひどく頼りなかった。
だが、床へ倒れはしなかった。
失敗した靴は捨てられていなかった。
誰かの手で直され、何年も舞台へ立っていた。
私が夢を諦めた日は、靴が終わった日ではない。
皆が直し始めた日だったのだ。
*
「昨日、笑ったわけではありません」
瀬川が言った。
「私も最初の年に、左右の踵を三ミリ違えて削りました。同じ失敗をする人がいると思ったら、安心してしまって」
「なぜ言わなかった」
「安西さんは失敗しない人だと思っていました。自分も同じだったと言えば、傷つける気がして。助け方が分からなかったんです」
私たちは互いを強い人間だと決めつけ、勝手に遠慮していたらしい。
実に気の利いた孤独である。
「直してくれて、ありがとう」
ようやく言えた。
瀬川はリボンを元の箱へ戻した。
「私、県外の靴作りの学校へ行きます。家の店は継ぎません」
彼女の家族は、町で靴店を営んでいる。
両親は進学に反対し、最後の営業が終わる頃、ここへ話をしに来るという。
「安西さんも、止めますか」
「いや」
私は舞台写真を見た。
「失敗できる場所へ行けばいい」
*
午後五時前、共同工房へ戻ると、瀬川の両親が待っていた。
父親は、娘が家業を捨てると言った。
以前の私なら、黙って頷いただろう。
仕事を守ることだけが正しいと思っていたからだ。
「瀬川さんは靴を捨てるのではありません」
私は家族へ説明した。
「自分の靴を作るために出ていくんです。戻るかどうかまで、今決めさせないでください」
父親は顔をしかめた。
それでも母親は、瀬川が差し出した学校案内を受け取った。
しばらくして父親が、授業は何年あるのかと尋ねた。
賛成ではない。
ただ、拒絶だけだった場所に、質問が一つ置かれた。
五時の鐘が鳴った。
冬の薄い光が、空になった作業台を照らしていた。
私は最後の一日を働かなかった。
それでも、仕事を失ったようには感じなかった。
居場所とは、失敗しない人に与えられる席ではない。
失敗したあとも、誰かと立っていられる場所なのだ。
色褪せたリボンが覚えていたのは、私の失敗ではなかった。
あの靴を、誰も捨てなかったということだった。
