(368) 会田弘継「それでもなぜ、トランプは支持されるのか―アメリカ地殻変動の思想史」
こんにちは。
気が付くと2024年は駆け足で去ろうとしています。最近は少なくなりましたが、日めくりの暦のことです。子供のころ窓際にかけてあった日めくりが心細げに、隙間風に揺れていたことを思い出します。最近はカレンダーをいただくことが少なくなりました。だんだん世間との付き合いが薄れていくので已む得ないのですが、カレンダーを提供してくれる会社やお店が減ったような気がします。近所にお年寄りが、一人で開いていた子ども相手の10円店がありました。葉書と切手はそこで買っていて、店番のおばあちゃんとよく世間話をしました。若いころは近くの名門ゴルフ場でキャディをしていたとのこと。著名な政治家や財界人のお供をしたことなどを楽しげに話していました。帰りには飴玉を2、3個がお土産です。年末には昔ながらの農事暦をくれます。二十四節気や七十二候、格言,それに種まき取入れの時期などが事細かに載っていました。生活の知恵の宝庫でした。ある日気が付くとその店のシャッターは閉じたままになっていました。通るたびに寂しさを感じています。
さて、今回の書評は帝国の終焉を思わせる人物についてです。
会田弘継「それでもなぜ、トランプは支持されるのか―アメリカ地殻変動の思想史」東洋経済新報社 2024年
病める大国はトランプという怪異を必要とした。著者は民主主義の行き詰まりがトランプ現象である、と提起する。ネオコン、新自由主義などの政治潮流に翻弄されて、中間層から転落した産業労働者にとっては絶望の国になったのだ。政治不信の左右両極にはトランプと民主社会主義者のサンダースがいる。極端な経済格差への怒りは政治エリートに向かい、単純な選択肢を示す右派ポピュリストへの傾斜であった。欧州に顕著な世界的な右派の伸長にも共通する現象であろう。
<今週の本棚>
将基面貴巳「従順さのどこがいけないのか」筑摩プリマー新書 2021年
ラジオを聴いていると著者が紹介され、この本のことを語っていた。著者の姓が珍しくて本書を探し読み始めた。誰にも悪く思われたくない。大勢に従う。仕方がない。こういったことを著者は拒絶する。みんながやっているから、自分はやらない。そうあるべきと説く。天の邪鬼の私としては惹かれた。もう1冊、著者の「愛国の起源」(筑摩新書)は歴史を遡り、古代ローマの哲学者キケロの自然的祖国と市民的祖国がある、との主張を紹介していた。興味深い。
木田滋夫「下山事件―封印された記憶」中央公論新社 2024年
謎多き戦後占領期の怪事件。松川事件など国鉄に関連する三事件の中でも、下山事件ほど疑惑に満ちていて、いまだに闇を探る動きは絶えない。この事件にとらわれ真相を知りたくなる、それを下山病というらしい。1949年(昭和24年)7月初代国鉄総裁が行方不明になり、轢死体で発見される。背景には占領下での国鉄職員の大量解雇と政治不安がある。他殺か自殺か、捜査は迷走する。政治的思惑、GHQの動きも絡む。著者は親族の話から、事件に係わりがあるのではないかと疑問を持つ。さあ、その真相は?
田中秀征/佐高信「石橋湛山を語る―いまよみがえる保守本流の真髄」集英社新書 2024年
石橋湛山、私が尊敬する唯一の保守政治家である。経済ジャーナリストであり戦前軍部に拝跪せず、小日本主義を掲げて大陸進出を批判し続けた自由主義者である。戦後、吉田茂は邪魔な存在としてGHQと意を通じて公職追放処置にした。占領が終結し復活した石橋は、昭和31年岸信介と争って総理大臣に就任するも病に倒れ、わずか2か月で身を引く。出処進退の見事さであった。もし彼が健在ならば日米関係は違っていただろうし、まして岸の系譜に連なるアベなどの登場はなかったに違いない。そんな思いにさせる二人の対談は沁みるものがある。保守本流と自民党本流との違いの指摘に学ばされた。今、その流れを引き継ぐ者の不在こそ、自民党の悲劇である。
内田樹「勇気論」光文社 2024年
編集者の勇気とは何ぞやという疑問に、ウチダセンセが答えるという往復書簡である。「勇気とは孤立に耐えること」とする結論に至る迂遠にして、深遠な論理が展開される。興味を惹かれたのは「いるべき時に、いるべき場所にいて、なすべきことをなす」、そのためには五感を研ぎ澄まして感得することなのだ。五感を働かせてそれを感じる、ここに私の記憶を刺激するものがあった。もう40年以上前になるのだが、郷里で土建業だったころの出来事だった。道路を4メートルほど掘り下げ構造物を作る工事現場でのこと。地下は見えない、それ故事前に土質、地下水位、地下埋設物(水道・ガス管など)の調査をしておき、必要に応じて試し掘りをする。工事中は少しづつ掘り下げていくのだが、図面上あるはずの水道管が出てこない。もし掘削中に重機が切断すれば地域一帯が断水し、多大な迷惑と復旧費用負担が発生する。一人の年配の作業員がやおら太い針金2本をL字状にして路上をゆっくりと歩きだした。もし2本の針金が180度開けば、そこに水があるという。結局開くことはなく、探索の末やや離れたところで水道管を発見し事なきを得た。彼の行動はダウジングという一種の占術である。科学的には根拠はない。しかし、もしかすると動物が誕生以来持っている危険を避ける感覚に通じ、五感を研ぎ澄ますことを意味するのではないか。感覚を澄み切った状態で危険を察知することこそ、武術の要諦だとする論議から、ふと昔工事現場に立っていたころのことを思い出した。
植草一秀/白井聡「沈む日本―4つの大罪」ビジネス社 2024年
我が国にまとわりつく偽善と背信に忖度なく切り込む。経済学者と政治学者、2人の語り合いは厳しく、怒りに満ちている。経済、政治、外交、メディア各分野にわたって報じられないこと、隠蔽されていることが次々と抉り出される。この国は大丈夫なのか、不信が深まる。SDGsとLGBTQの胡散臭さにも鋭い目を向ける。確かに財界人や政治家がこれ見よがしに丸いバッジを着けているのには、違和感がある。利権と支配の観点も忘れてはならない。物事には裏があり、俯瞰してみることは大切なのだろう。
呉勝浩「爆弾」講談社 2022年
たまにはミステリーを、と思い読んでみた。とにかく饒舌である。強力な爆弾が都内各所に仕掛けてある。軽微な事件で警察署に連行された男の正体は不明。その男が語り続ける話のどこかに、その爆弾の仕掛け場所と時刻のヒントがかくされている。男と取調官との頭脳戦が何とも重苦しい。何が真実で、どの部分がハッタリなのか。男の目的は何か?双方のやり取りは鬱陶しいほどの饒舌である。結末は如何に。
【師走雑感】
▼ 朝晩の冷え込みは本格的な冬の到来を感じさせる。早朝散歩は一時休止、後期高齢者には無理は禁物。朝の仕事はゴミ出し。線路際の集積所から彼方を見上げると、純白の富士山が聳えている。朝の冷気が透明感を演出し、わきの鉄塔が富士山を大きく見せてくれている。単独で見る時と近くの構造物があるときと、大きさは違って見える。目の錯覚であろうか。朝のひと仕事のご褒美であろう。
▼ 散歩(徘徊)中の恐怖が二つ。歩道を歩いていると、脇を自転車が追い抜いていく。音もなく近づき、相当な速度ですり抜けていくとドキッとする。狭い道では、今や主流になりつつある電気自動車とハイブリッドカーが怖い。エンジン音がしないので通過するまで気が付かないことが少なくない。これまた音もなく接近しフッと鉄の塊があらわれると、心臓に悪い。カーマニアとしては昔のメカニカルなエンジンの響き、野太い排気音、ワイドタイヤのアスファルトをかむ音が懐かしい。どうも時代遅れの男になりそうだ。自動車業界の再編が進むのだろうか。日産とホンダの経営統合が報じられた。紆余曲折はあるだろうが、世界的な流れの中でいくつかのグループに統合されるのか。明らかに歴史と体質の違う両者が融合できるのだろうか。エンジン音とハンドリングの違いは大きいのだが。
▼ 思わぬ訃報に重ねた年月を知る。郵便受けにはうっすらと灰色の葉書が入っている。年賀欠礼の挨拶状だ。あの人は亡くなっていたのか。親しかった人ならば、様々な出来事が頭をよぎる。今は家族葬が主流で大々的な葬儀は営まれない、冥福を祈るのみ。
▼ 韓国の政変には驚愕した。民主主義国の一角を占める韓国で、まさかの戒厳令発布。大統領の妄想からの事態らしい。事態の本質は解明されるであろうが、感心したのは韓国民衆の勇敢さである。完全装備の軍隊に体を張って阻止する議員と議会職員。外には厳寒の深夜に数万の市民が集結し集会を開いて軍部と大統領に抗議する。これぞ主権者であり、民主主義の清華であると見た。歴史を遡ると軍政に立ち向かって民主主義を勝ち取った、民衆の心意気を見たような気がした。翻って、負けとった民主主義の我が国ではどんな反応があるだろうか。正直心許ない。でも、2015年には安保法制反対の声は満ち満ちて、国会前を埋め尽くしたのだ。自民党の改憲案には緊急事態条項が盛り込まれる。これぞ戒厳令である。許してはならない、その思いを強くした。
▼ 年末年始、寒気満ちる夜空を彩るイルミネーションは鮮やかで、幻想の世界に誘ってくれる。LEDの普及によりその傾向は広がり、観光地だけではなくビル街や街路などで賑やかな夜を演出し、見物客の目を楽しませてくれる。そこで考えるのだが、電力はどうなのだろうか。東日本大震災の後には計画停電が実施され、かなり前のオイルショックの時期などはネオン自粛などの処置がとられた。原発再起動が話題になっている昨今、如何なものだろうか。もう一点、LEDの電線を絡ませられて夜中まで照らし続けられるのは、樹木にとって健全なのだろうか。木の気持ちを聞いてみたい。植物もリズムとしては夜は活動を最低限にして、休養したいのではないのだろうか。自然界のリズムの変調はないのだろうか。気になる。
▼ 読売新聞のナベツネが死去との報。メディアでは当分提灯記事が続くのであろう。一つの時代が終わったのは事実。人物像を一言でいえば「権力の人」である。野球界では巨人絶対主義を貫き、政界には読売1000万部を背景にフィクサーを気取り、社内では代表取締役であり終身主筆として君臨した。大野伴睦との密接な関係で政局に関与して以来の存在であり、98歳まで主筆の座に拘り続けた。出処進退の美学とは無縁の人生である。
☆徘徊老人日誌☆
11月某日 インフルエンザの予防接種を受ける。高齢者は無料とのこと。病はなるべく避けたい。市ではコロナワクチン接種も勧めていたが、こちらは受けないつもり。公表はされていないが、副作用の被害者が相当数に上るとのこと。それに製薬会社やワクチンメーカーの不当な利益に資するつもりはない。
12月某日 夕日が陰り始めたころ駅を出ての帰途、公園のイチョウが風に舞っていた。それにつられて公園に踏み入れると、一面金色の落ち葉。赤く染まった夕空に舞い落ちる銀杏の枯れ葉、足元に広がる黄金色、一幅の絵になりそうだ。歩くと靴底を通してチャリチャリと晩秋の音が伝わってきた。
12月某日 太極拳仲間との昼食会に出席。前回より2~3名少ない。みんなが一目置くリーダー格は体調不良で欠席、次回を乞うご期待とのこと残念。ご馳走をいただき、生ビールでほほを染めて近況を語り合う。コロナ禍で練習できなかったが、月に一度くらいはこのメンバーで練習したいねとの提案あり。可能なら嬉しい。散歩だけでは体力低下は防げない。低い姿勢でゆったりと動く、足腰の鍛錬になっていた。
12月某日 「尺八で昭和を聴くつどい」に参加。主催は地元の地域文化を愛する会。ポップス、映画主題歌、演歌まで軽妙なトークで盛り上げてくれる。休憩時間にはコーヒーの香りにうっとりし、しばし昭和に浸った。
12月某日 友人と御茶ノ水駅で待ち合わせ。駅前では右翼団体が街宣中、大音量で演説をしていた。黒い制服のナチス親衛隊張りの隊員が並び穏やかではない。周囲を見ると背広姿の公安らしき者が目を配っている。若いころ有楽町や新橋ステージで演説をしていた愛国党の赤尾敏党首のような愛嬌は感じられなかった。そうそう、友人との行先は明治大学。「古墳時代の王権と地域」講演会(主催 古代歴史文化協議会)の聴講である。基調講演「古墳時代の東国と倭王権」の後は各地の古墳を主題にした報告が続く。古墳の規模と形状の研究は勉強になった。会場の明治大学アカデミーホールはほぼ満席、中高年が多いと見受けられた。古色蒼然とし趣のあった明治大学校舎は今や近代的高層ビルに変貌、以前の神田お茶の水界隈を知る者にとっては別世界のようだ。あの騒然とした時代は夢の彼方のようだ。
12月某日 忘年会と称する宴に出るのは何年ぶりだろう。以前の職場の社会教育関係職員との忘年会である。年齢の違いはあるが全員退職者、数人とは十数年ぶりの再会のあいさつを交わす。容貌、風体は変わっていても酒杯が回るほどに、昔の姿と語りが戻ってくる。あの頃の話に盛り上がり、今の様子に頷く。十数名が参加したのは呼びかけてくれた年長で上席のS村氏の人徳であり、幹事役のK田氏の骨折りに感謝の夜だった。
✿今年の3冊✿
今年13回ほど送信しました。200字の書評と今週の本棚として紹介した60数冊のうち、特に印象的な3冊を選んでみました。
中村文孝/小田光雄「私たちが図書館について知っている二、三の事柄」論創社 2022年(2/25)
若林恵・畑中章宏「『忘れられた日本人』をひらく」黒鳥社 2023年(5/25)
及川智弘「外岡秀俊という新聞記者がいた」田畑書店 2024年(11/25)
3冊に絞るのは困難でした。中村桂子「人類はどこで間違えたのか」(10/25)、尾上哲治「大量絶滅はなぜおきるのか」(2/10)、松本典久「夜行列車盛衰記」(2/10)などは忘れがたく、座右に置いておきたいくらいです。
今年もお付き合いくださり有り難うございました。たわ言、暴論、ピント外れの列記だったのかもしれません。どうも閉塞感の漂う昨今、沈黙は現状肯定であり、追従にになりがちです。主権者としての成熟が問われます。本の秘めたる深遠の世界に浸り、読書という時間を思索と、次への行動の意欲に転じたいものです。たとえ蟷螂之斧であろうと異議を申し立て、己を持したいと思っております。今しばらくご笑読ください。
来る年が、心豊かに過ごせるよう願っております。寒気凛冽、どうぞご自愛ください。良い年となるよう願っております。
