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AIで私たちの仕事は楽になったのか??

お盆休みも今日で最終日。家でリラックスしながら、この3ヶ月についてまとめていきたい。Claudeをほぼ毎日のように使ってきた。仕事のスピードは上がり、深さと視野は広がった。結論から言うと、むしろ忙しくなり、仕事は少しも楽になっていない。

一人ではできなかったことが当たり前にできるようになり、期待値を超えるアウトプットに何度も驚かされた。効率化も確かに進んだ。それでも、忙しさは減るどころか増している。AIを使った結果として忙しくなる、というこの現実をもう少し考えてみたい。


視力が1.0から2.0になった感覚

AIを使って世界がどう変わったか。私のイメージは、視力が1.0から2.0になった感覚に近い。

これまで見えていたものが、より鮮明に、さらに広い範囲までわかるようになった。たとえば日々の仕事でデータをもう一段深掘りしたいとき、これまでは条件を自分で整理するだけで地味に時間がかかっていた。それを丸ごと任せられるようになり、時間の使い道そのものが変わった。もうひとつ、これまでは読み取れなかった時系列の変化が、AIの力を借りると一目でわかるようになった。原因を探る時間が、目に見えて短くなった。

その結果、自分が抱えるプロジェクトやタスクの解像度が上がり、より深い考察に時間をかけるようになった。この過程で、意思決定に自信が持てるようになったし、決断のスピードも上がった。ここまでは、AIを使ってよかったと素直に思える部分である。


解像度が上がると、忙しくなる

いいことばかりのように感じるが、現実はこうだ。視力が上がるということは、見える範囲と深さの両方が広がるということだ。見えていなかったものが見えるようになれば、当然、検討すべき対象も増える。

これが、私が「忙しくなっている」と感じる正体だと考えている。たとえば、地味な条件整理を任せて浮いた時間は、そのまま自由時間になったわけではない。これまで読み取れなかった時系列の変化が見えるようになったぶん、今度はその変化の理由を掘り下げる時間に化けている。時間の総量は変わらないのに、扱う情報の解像度だけが上がり続けている状態だ。

これは悪いことではない。ただ、「AIを使えば楽になる」という単純な図式では説明できない現実だと考えている。では、この解像度の価値は、効率化と比べてどちらが大きいのか。


効率か、解像度か——価値が大きいのはどちらか

効率面の話は、わかりやすい。たとえばメールの下書きを書くのに、これまで5分かかっていたものが、AIが雛形を作ってくれることで2分に短縮できた。AIで生産性xx%改善という語られ方は、だいたいこの種の話だ。

一方、解像度が上がったことの価値は、定量的に示しにくい。それでも私は、効率面より、この解像度の向上のほうがAIによる価値としては大きいと考えている。

現場の最前線で仕事をする方は、動く手の数がそのまま成果になる。効率化のインパクトは、そちらのほうが大きいはずだ。一方、経営者や管理職は、限られた時間の中で「何を見て、何を見ないか」を選ぶのが仕事だ。だからこそ、見える範囲そのものが広がる解像度の話のほうが効いてくる。判断の質とスピードが変わるという経験は、意思決定を仕事の中心に置く層ほど強く刺さるはずだ。


やはり生成AIはビジネスチャンス!?

Claude活用の副次的な効果と言っていいかわからないが、IT企業で働くビジネスパーソンとしても、中小企業診断士としても、Claudeを活用することで生成AIの推進役として新たなビジネスチャンスが増えてきている。私はエンジニアではないので、決してITに明るい人間ではない。ただ生成AI利用に積極的に取り組んできたことで、勉強会や生成AI活用に関するコンテストなど、関われることが増え、結果として多くの機会を得ることができている。


まとめ——それでも、いつか楽になることを願っている

これはあくまで2026年8月時点の私の結論。AIの進化は速い。遠い将来、AIを使って本当に仕事が楽になる日が来ることを、お盆最終日に私は願っている。

皮肉な話をおまけでひとつ。AI活用によって私の「視力」は2.0に上がっている一方、実際の私の視力はどうも下がっている気がしている。もともと遠視持ちな上に、年齢も重ねてきた。そろそろ新しい眼鏡を新調しようか、本気で悩んでいる。

ではまた。

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