権限委譲は、放任ではない。変化に強い組織とは。
中央集権か、現場への権限委譲か。
組織論を語るとき、しばしばこの二つが対立する。
しかし、これは問いの立て方としては粗い。
中央がすべてを決める組織は、現場から判断力を奪う。
現場にすべてを委ねる組織は、全体としての一貫性を失う。
必要なのは、中央集権と分権のどちらかを選ぶことではない。
目的を集約し、手段を分散することである。
米海兵隊などが重視する「ミッションコマンド」は、そのための考え方である。
上級指揮官は、部下に細かな手順を命じるのではなく、何を達成すべきか、なぜそれが必要なのか、何を優先すべきかを示す。
そのうえで、具体的な方法は現場に委ねる。
「何をするか」だけではない。
「何のためにするか」まで共有するからこそ、状況が変わっても現場は自ら判断できる。
これは、単なる自由裁量ではない。
指揮官の意図、利用できる資源、責任の範囲、守るべき原則、越えてはならない一線、上級組織に判断を戻す条件が明確になっていなければ、権限委譲は丸投げになる。
任せるためには、任せる前の設計が必要なのである。
不確実な環境では、現場に近い者ほど新しい情報を持っている。
すべての判断を上級組織に上げていれば、承認を待つ間に状況は変わってしまう。
現場が上からの指示を忠実に待つほど、組織全体の意思決定は遅くなる。
他方で、現場がそれぞれ別の目的を追い始めれば、個々の行動が合理的であっても、組織全体としては失敗する。
だから、目的と原則は強く共有しなければならない。
共有された目的があるからこそ、方法を自由にできる。
現代では、下位の構成員による一つの判断が、組織全体の評価を左右する。
「戦略的伍長」の考え方が示すように、現場の小さな行動が、政治的、社会的、戦略的な結果を生む時代である。
政党であれば、一人の地方議員、一人の秘書、一人の党職員による発言や対応が、瞬時に党全体の姿勢として受け止められることがある。
だからといって、すべての発信や活動を中央の事前承認にすれば、組織は動けなくなる。
必要なのは、現場の口を塞ぐことではない。現場が自ら判断できるようにすることである。
そのためには、党が目指す国家像、政策判断の原則、倫理上の基準、事実確認の手順、危機時の報告経路を、平時から共有しておかなければならない。
現場は単に命令を受ける存在ではなく、環境の変化を最初に発見するセンサーでもある。
地方議員や地域組織が得た情報を、本部の政策や戦略に戻す回路がなければ、権限委譲は一方向の業務移管に終わる。
上からは目的と資源を渡す。
下からは現場の情報と教訓を返す。
この双方向性があって初めて、分権的な組織は一つの組織として機能する。
人事評価のあり方も変わる。
上司の指示から一歩も外れなかった人を高く評価するのではなく、指揮官の意図を理解し、変化した状況の中で合理的に判断し、その判断を説明できる人を評価する。
結果だけでなく、判断の質を見るのである。
長期目標は固定する。しかし、到達経路は変えてよい。
方針変更を「ぶれ」とみなすのではなく、目的を守るための適応として評価する。
逆に、当初の計画を守ること自体が目的になれば、組織は環境の変化に取り残される。
権限委譲とは、信頼の美談ではない。
組織の隅々に判断力を配る、精密な制度設計である。
中央がすべてを決める組織でも、各自が好きに動く組織でもない。
同じ目的を見ながら、それぞれの場所で考え、動ける組織をつくる。
それが、変化に強い組織の条件である。
