【#シロクマ文芸部 3月④】お題:風が吹く(怪異LABO 初仕事-3)
シロクマ文芸部の1カ月の全お題を使って一つの物語を作っています。レギュラー部員は月初めにお題を全部教えてもらえるので思いつきました。今年で3年目の挑戦となります。
1回目は20字小説、2回目以降は文字数制限のないお話というスタイルで毎月挑戦中です。
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風が吹くたびに部屋に桜の香りが広がります。
「いい匂い」
「そうだね」
少し前までの騒ぎが嘘のように怪異LABO周辺は静かです。桜並木があっても、住宅街ということから遠くから花見客が来ることはありません。
お花見の穴場スポット
そう呼ぶに相応しい場所にある怪異LABOで私と相棒は静かなひとときを過ごしていました。
「しっかしさあ、おかしいと思ったのよ。一度も顔を見たことがなかったから」
「なにが?」
とぼけた顔でテーブルの上の桜餅を手に取る相棒に、少しイラっとする私。
「怪異LABOは一応、共同経営なわけじゃない?なのに、大家さんを紹介してくれないし……私って信用されてないのかと思ったりも……」
話しているうちに珍しく感情が高ぶります。いつもからかうような表情を浮かべる相棒も少しは反省したのか、申し訳なさそうな素振りを見せました。
「本当のことを話そうと思ったのよ。でも私もいっぱいいっぱいで」
常に余裕があるように見えていた相棒がいっぱいいっぱい?そんな馬鹿な。その場しのぎの嘘はゆるさないぞとばかりに私が口を開こうとしたときのことでした。
「そりゃ、自分のおばあちゃんが怪異に飲み込まれちゃったんだから、慌てもするわよねえ」
コト……。
温かなほうじ茶の入った大ぶりな湯飲みを大家さんが淹れてきてくれました。大家さんに目でお礼の意を伝えながら熱めのほうじ茶を口元に運びました。
「そっか自分のおばあちゃんが、あの怪異に飲み込まれていたのか。なら仕方な……ん?お、おばあちゃん?ア!アチッ!?」
「あら?知らなかったの?」
私がこぼしたお茶を拭きながら大家さんはにっこり笑っています。くちびるをヒリヒリさせ涙目になりながら、私は大家さんを見ました。大家さんが相棒の祖母だと先ほどまで知らなかったのです。
「うっごほっ!ま、全く知らなかったです」
「え?言ってなかった?」
「聞いてないよぉ!」
桜の精が最後に吐き出したのは大家さんでした。勢いよくコロコロと出てきた大家さんを相棒はさっと受け止めます。その人は桜の精とは異なり色白ふっくらとした頬を持つ上品な老女でした。
「ふわあ、ようやく出られた」
深いため息をつく老女に怪我は?と心配そうに聞く相棒。老女は大丈夫と静かに答えています。桜の精の口から老女が出てきたと驚いている私に相棒は、この人が大家さんだと手早く説明をすると、
「今よ!お願い!」
術をかけるよう指示を出しました。慌てた私はポーズを取り直し、みぞおちに溜まった力を丁寧に怪異に注ぎ動きを止めたのです。突然の指示でいつもよりフォームは崩れましたが、桜の精にはそれなりに効果があったようで、すぐに静かになりました。もちろん、賃貸物件である怪異LABO室内に傷ひとつつけずに。
「見てごらんなさい」
桜の精の口から飛び出した大家さんは大変な思いをしたというのに、のんびりとした口調で中庭の切り株を指さします。
「ううう……よくもわしを……切り倒したな……わが命を縮めるものは許すまじ!」
桜の精は憤怒の表情を浮かべます。口は再び歪み始め大きくなり始めたので、私は慌てて構えました。
今度はもう少し強い力で抑えないといけないかな。
そう考えていると
「ちゃんと見なさい!」
凛とした相棒の声が響き渡りました。意表をつかれた桜の精は動きを止めます。
「危ない!」
思わず私は叫びましたが、相棒は桜の精に近づくと茶色くシワシワな手を取り、中庭へ誘いました。こうなると私の出番はありません。ハラハラしながら相棒の動きを見守ることに専念しました。
「あああ……わしの身体……切り倒しおってぇぇ」
切り株の前で桜の精はポタポタと涙をこぼしました。
「泣いてないでちゃんと見て」
桜の精の両肩を抱え、相棒は切り株の周りを共に数歩ほど歩きました。
「!」
さっきまで泣いていた桜の精の表情が驚きに変わります。
「こ、これは!」
「ね?ちゃんと生きているのよ」
桜の精は怪異LABOがある建物の中庭にある桜の古木でした。長年見事な花を咲かせ、そこに住む人々を楽しませていたのですが、長い年月のうちに樹木の内部が空洞化しいつ倒れてもおかしくない状態になっていました。そんな状態でも毎年春には見事な花を咲かせてくれます。いじらしさを感じ、切るのをためらっていましたが、去年の嵐で雷が落ちてしまい、そのままにしておくことが難しくなりました。
大家さんも相棒と同じく怪異と話ができる体質でした。切る前に死ぬわけではないと、しっかりと話し合ったのですが。
「ちょっと凶暴化しちゃってね、説明に耳を貸さなくて。飲み込まれちゃったのよねえ」
桜の精を相棒に任せた大家さんはのんびりと私に、これまでの経緯を話してくれました。大変な目に遭ったのに他人事のように話をします。半ば呆れ気味に大家さんを眺めていると中庭から「ああ~ん」と泣き声が聞こえてきました。
「どうしたの?」
慌てて駆け寄ると相棒の横には可愛らしい女の子が膝を抱えて泣いています。
「あれ?桜の精は?」
「この子だよ」
突然の変化に私が驚いていると相棒が切り株を指さすので、そちらに視線を動かしました。
「あ!」
切り株の横から細い桜の木が生えており、小さなつぼみをいくつかつけています。
「ずっと楽しませてくれた桜だったから本当は切りたくなかったのよ。でもね、私達が知らない間に幹の横に新しい生命を落としてくれていたみたいなの」
小さな命が生れていたことに気づいた大家さんは、桜の精をその若木に移らせて今までの桜を切ろうと考えたのです。
「うっえっ、お話を聞かずに暴れちゃって、飲み込んじゃってごめんなさああい」
若木に移った途端、姿も若々しくなった桜の精は泣いて謝ります。
「寂しかったのよぉ。お別れが寂しくて飲み込んじゃったのよう」
「そうよね、うんわかっているわ」
いつの間にか大家さんも中庭に来て女の子を抱きしめています。
「毎年大きくなって桜の花をいっぱい咲かせます」
「ありがとう、一緒にお菓子を食べましょう」
老女のときは口にねじ込むように菓子を入れていましたが、小さな女の子となった今は小さな口に見合った量を品よく食べます。しばらく一緒に食べていたのですが、満足したのでしょう。
すううう……
身体が透けだしました。
「またね」
桜の精が手を振ります。
「来年も一緒にお菓子を食べようね」
「うん」
女の子が消えたとたん、中庭の若木についた桜のつぼみがパアアと開きました。LABO内に春の香りが広がりました。
「初仕事は大家さん、いやおばあ様を助けるものでしたか」
「まあね。これからもあなたの「鎮め人」の力と私の「語り人」の力で仕事を頑張りましょう」
「うん。でもさその前にちゃんと説明はしてよね!」
あはは、と笑う相棒に思わずため息をついてしまいました。そんな私に「ごめんね」と言いながら、大家さんが笑顔で淹れなおしたほうじ茶を置きます。桜の精に飲み込まれた影響はほぼなさそうです。
さすが、相棒のおばあさん。
怪異に慣れていらっしゃる。
湯呑から立ち上るかぐわしい香りをかいでいたらすねているのもばからしくなりました。
鎮め人の力と語り人の力……
うん、やってやろうじゃないの!
今度は火傷をしないよう、私はそっと湯呑に口を当てました。
(3月のお話おわり)
ぎりぎりの提出となってしまいました。4月の部活動は余裕をもって取り組みたいと思います。
小牧幸助部長、ありがとうございました。
