【#創作大賞2024】ドシャえもん第10話
心愛がそんなことをするはずがない!大家から話を聞いた時は信じられなかった。動物の死体をバケツの水に入れて棒でつつくなんて。しかし、大家が嘘をついているようには見えない。心愛は大家が話をした途端、部屋の中へ逃げ込んでしまった。やったのか?拳に力が入る。それを目ざとく見つけた大家がさっと俺の腕をつかむ。
「でもね、子どもって遊びでそういうことをすることもあるからさ」
振り払おうとするが大家の力は意外と強い。
「そういう時は親が受け止めてあげればいいんだからね!」
「は……い」
「娘、可愛いんだろ?」
「あ……はい」
「無理に話さなくていいよ」
「!」
「昔、そういう人が近所にいたんだよ」
「え?」
「絶対殴るんじゃないよー」
俺の腕をポンポンと叩いた後、大家は階段を降りていく。叩かれた腕からはなぜか余計な力が抜けていた。不思議な婆さんだな……。ドアを閉め、後ろを振り向くと心愛が部屋の隅で小さくなっていた。自分の遊びがバレて叩かれると思ったのだろう。
「叩かねえよ」
「おとしゃん、こまってる?」
「困ってるかもな」
「ここあのせい?」
「うーん、違うかも」
不思議と言葉がスムーズに出る。大家に無理に話さなくていいと言われたせいか、なんだか心が軽くなった。ただ、全てがスラスラと話せるわけではない。心愛に気味の悪い遊びについて説明をして欲しかったが、それが上手く伝えられない。仕方がないので心愛と河原へ行くことにした。「ドシャえもん」は河原で知ったと心愛が言うのだ。いつもは俺が前を歩き心愛が後ろを走ってついていくのだが、今日は自然と心愛と手をつなぎ、並んで歩いていた。
「おとしゃん、わらってる?」
「わらってるかもな」
心愛が幸せそうに笑い、俺も一緒に笑った。今まで感じたことのないやすらぎに俺は包まれていた。
「こうやってね、ぼうをこうやってぇ」
ド~シャえもん~♪ド~シャえもん~♪と歌いながらバンバンと川面を叩く。これのなにが面白いんだ?よくわからない。だが心愛は楽しそうに川面を叩いている。子どもってやっぱわからねぇな、と思いながら俺も枝を探した。同じことをやれば面白さもわかると思ったのだ。
「おとしゃんも、ドシャえもんやる?」
喜んだ心愛が軽く跳びはねた時、川に落ちそうになった。
「危ない!」
咄嗟に手を出す。なんとか心愛は川に落ちずに済んだ。ほっとした次の瞬間、身体に衝撃が走った。
「おとしゃん!」
怒りとは人をこんなにも突き動かすものなのでしょうか?深沢が心愛ちゃんを川へ突き落そうとしているのを見た瞬間、私の身体はありえないほどの速さで深沢に体当たりしていました。深沢は驚いたように目を大きく見開き川へと落ちます。
「心愛ちゃん、もう大丈夫だからね!」
そう声をかけると私は、たまたま近くにあった棒きれを拾い深沢を叩き始めました。
「土左衛門!土左衛門!土左衛門!」
男というのはどうしてこんなにも自分本位なのでしょう。こんなか弱い存在に平気で手をあげるなんて。夫は子どもに、こいつは自分の子どもに興味がない。そんな大人に未来のある子どもをどうして託すことができるのでしょう。
「土左衛門!土左衛門!土左衛門!」
私は悪を成敗している!私は正しい!私はズレてない!土左衛門と叫ぶごとに私の気持ちは高まります。叩くのを止める大人はいません。私は思う存分、土左衛門を叩ける立場にあるのです。
「おぶっ!」
水を飲んだのでしょうか。深沢が苦しそうな顔をします。もう少しで、深沢を川に沈められそうです。次を最後の一撃してやる、そう思い力を込め振り下ろそうとした時でした。私の足に心愛ちゃんが抱き着いたのです。
「やめてぇ!おばちゃん、やめてぇ!」
心愛ちゃんを痛めつける深沢を退治しているのに、なぜ彼女は止めるのでしょう?予想をしなかった出来事に混乱していると、心愛ちゃんは更に私の足に必死でしがみついてきます。
「やめてぇ!おとしゃん!たたかないでぇ」
「こ、心愛ちゃん、ちょっと……」
必要以上にしがみつかれた私はバランスを崩し、心愛ちゃんごと川に落ちてしまいました。
「心愛!」
深沢が私から心愛ちゃんを引きはがします。心愛ちゃんは大声で泣きながら深沢に抱きついてました。ああ、可哀想に私の詰めが甘くて深沢を土左衛門にできなかったせいで、心愛ちゃんが取られてしまいました。そう思った瞬間、口に水が入りむせてしまいます。
「げほっ」
鼻に川の水が入りツーンと痛みます。でも、こんなところで心愛ちゃんを諦めてはいけません。心愛ちゃんが泣いているのですから。きっと深沢が乱暴に扱っているのでしょう。ここで私が踏ん張らなければ、心愛ちゃんに幸せは訪れないはずです。私が頑張れば、私が頑張れば!
「土左衛門!」
大声で叫んで立ち上がった時、深沢は振り向きました。青い顔で怯えていますが、心愛ちゃんを抱えているせいで、私よりも歩くのが遅くなっていました。なんども足を取られて転びそうになっています。今なら深沢を、夫のように始末できます。慌てているせいで前に進めない深沢が膝をつきました。心愛ちゃんは岸に放り出されます。待っててね、おばちゃんが今、悪い人をドシャえもんにしてあげる。足元の石を拾い、深沢めがけて下ろそうとした瞬間、
「隣の親子に自分の考えを押し付けるのはよくないと思うわぁ」
ふいに市川さんの声が耳元でしました。驚いて周囲を見回すと、
「おとしゃんをいじめるな!」
さっきまで私の持っていた棒きれを心愛ちゃんが思い切り突き出してきました。
「ぐふっ」
私はそのまま川にひっくり返りました。ゴブゴブと川の水が口に入ります。
私はまた最後のところでズレてしまったんだ、遠のく意識の中でぼんやりとズレたものはなんだったのだろうと考えていました。
最終話につづく
