【#創作大賞感想】この秋、くりやmに私はなる!
秋田柴子マジックにかかった私は
秋、くりやmになる
秋、はそやmではなく、くりやmがnoteで「うめぇ!うめぇ!」と騒いでいたら、黙って見過ごしてください。
それくらい「栗きんとん」にハマってしまったのはこの作品を読んだから👇
こちらの作品の公開通知が来るたびに私は栗色に染まっていました。それくらいこの作品は熱々の栗の香りを発し、連載中ずっと私の鼻孔をくすぐり続けたのです。
と、こんなことばかり書いていては、この作品がグルメ小説だと勘違いされてしまいそうですが、違います。常時、栗の香りをまといながら、主人公宮永沙都子の人生は故郷での挑戦と謎解きへと導かれていく物語なのです。勘違いしないでくださいね。
優れた小説は「人物・背景・食べ物」のどの角度を切り取っても、目の前に浮かぶような描写が施されます。私が、こちらの作品を読みながら常に栗の香りを感じていたのも、作者秋田柴子さんの筆致が見事だからでしょう。
どうして女は和菓子屋を継げないのか
どうして兄と父の距離は遠いのか
古い地域の人間関係は打ち破れないのか
滑らかな筆致の中に仕込まれた謎が心にズシズシと刺さり続け、先を読みたい、最終回が来て欲しくないと矛盾した気持ちを膨らませながら、更新を楽しみにしていました。
私は恵那にいったこともなければこの地方の「栗きんとん」という和菓子を見たこともありません。にも関わらず、小説を読む時は私は恵那の地で呼吸をし、栗きんとんの食感を確かに口の中に味わっていました。
この秋、私は秋田柴子さんから教えていただいた栗きんとんを取り寄せているはずです。それを口にした時、「ああ、この味!知ってる」と思うでしょう。だって、味は既に「栗と牡丹」の中で柴子さんに教えてもらっているのですから。
そうそう、栗きんとんのことばかり話してごめんなさい。「牡丹」の様子もくっきりと脳内にイメージしています。見事な牡丹は、奇跡的に私の近所でも売られている可能性があります。これだ、と思うものを買っては食し続けるばずです。「これであっているかな」と首を振ることも想像はできます。
でも、私はがっかりしません。「栗と牡丹」を片手に恵那の地に行き、両方を探せばいいのですから。年季の入った和菓子職人が作る牡丹の練りきりを手に入れた瞬間を思い浮かべ、この上もない幸せを今から夢想しています。それだけでワクワク感が止まりません。
美しく繊細な和菓子の背景には家族・生産者・店の味を愛する客の思いと職人の想像を絶する努力があることを、秋田柴子さんに教わりました。今後、和菓子を口にする時、美味しいと口元をほころばせながら、心のどこかは凛とするはずです。
秋田柴子さん、大切なことを教えてくださりありがとうございます。
「栗と牡丹」の詳細についてはこちらをどうぞ👇
