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【エッセイ】もやの中を生きる

「あたし遠足行きたい。」

「あたし林間学校行きたい。」

娘ががそう言うから「6月5日は行きたい記念日だねえ」と言っても俵万智を通っていない夫はさらっと流して「そうだね」と言った。

5年生になっても一度も在籍クラスの授業に参加したことのない娘が、遠足と林間学校に行きたいと言う。娘は人見知りで、初めてのことが苦手だ。ではなぜそんなことを言い出したのか。

「なんかとっさに行きたいって思ったの。」

と後で教えてくれた。
アニメや動画コンテンツのほとんどでは遠足や林間学校は楽しいものとして描かれているから、きっとその印象でなんとなく行きたかったのだろうと思う。同じ学校の子や、親同士が仲良い家族同士で旅行に行くことはあるのでその感覚もあったのかもしれない。しかしそれはあくまでも家庭単位での話で、学校行事に参加するとなった場合の周りの大人や、突然混ざる普段教室にいないクラスメイトを迎え入れる同級生たちの戸惑いまでは想像が追いついていない。

「行きたい」というのはとてもポジティブな感情だと思う。
能動的に学校の行事に参加したい、という意思だ。

それはそれでいいのだけれど本人が本当に「行けるか」はまた別問題で、周囲が「行けるようにサポートする」にも限界がある。
小1の遠足も行きたいと言ったので付き添った。私は日差しを遮るものがない公園のすみから、同級生とぎこちなくお弁当を食べる娘を自分は昼食も取らずにぼんやりと見ていた。
…いや、あれは小2だったかな…。

私の記憶も少しもやがかかってしまっているが、とにかく私にとって辛い一日だった。娘は「思っていたのとは違った」ようだった。辛そうでもなさそうだけれど、楽しくもなさそうだった。

現地まで送迎し、途中参加、途中退場で短時間参加して、帰宅したことは覚えている。

黒歴史という言葉があるけれど、私にはこういうもやもやっとした思い出そうとしても思い出せない、でも大変だったなあ…という記憶だたくさんある。もや歴史とでも言うのだろうか。そうなら産後の10年近くのほとんどが、もや歴史だ。
そのもやっとした白い濃い霧の中は冷えるような蒸し暑いような、体の節々が痛むような自律神経や三半規管も全て調子が悪くなるような気候で思考がはっきりしない。

そんな毎日でも、遠足の日程は近づいてくるし林間学校のアンケートは提出しなければならない。
最近になって相談をできるようになった新任のスクールカウンセラーの先生、担任の先生、行政の相談室の担当の人に相談をする。

「遠足に行きたいそうです」「林間学校に行きたいそうです」

相談したみなさんの反応も少し白いフィルター越しに見ているようではっきりとわからないけれど、驚きと、どちらかというと「いいことですよね」という雰囲気を感じた。

そして複数の大人に相談をし、巻き込んだ結果、どちらも行かなかった。

「遠足の注意事項」「林間学校までの準備」「当日のスケジュール」

これらを娘用に準備してもらい、一つ一つ、想像できる範囲で説明をする。すると娘は早口で、

「うん」「行ける」「そうだと思った」「平気」

と言う。

「じゃあ、遠足行く前には何をするんだっけ?」

「…」

「まず、5年生のクラスの教室に行って、班のみんなとのはなしあいに参加するよ。」

「…」

「(入れたことのない)教室に入って、(とても苦手な)にぎやかな話し合いをすると思う」

「…」

娘がわかっているのか、わかっていないのか本当にわからない。このやり取りに、数時間かける。そのうち、私がおかしいのかと思ってくる。私だけ、気が狂っているのかと思う。
同席していた夫が何か建設的なことを言って、だんだん私は会話のバトンを夫に預け、そのうち話し合いは終了した。そして、結論は「今回は不参加」ということと「今度参加したい行事に参加するためにもう少し学校に慣れていく」ということだった。

話し合いが終わった後、娘は特に落ち込む様子もなかった。切り替えの早い夫もすぐに気持ちを切り替えている。私だけもやの中に包まれたまま、ソファに座り込んだ。

娘がいない瞬間を狙って夫に聞いた。

「これでよかったんだよね…?」

「いいんじゃない。正解はわかんないよ。」

いいんじゃない、というのはこういうときの夫の口癖だ。私はその言葉に、いっそう白いもやが濃くなるのを感じる。

白く濃い、冷たくて蒸し暑い霧の中をすすむ。
毎日ごはんを食べ、活動をし、眠る。
もやもやとして何もわからない歴史を刻んでいる。


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