私と遠野なぎこさんと、演劇のこと①
前略、遠野なぎこ様
私は未来を信じていました。
あなたに、会いたいです。
なにから書いたらいいんだろう。
どう書いたら、伝わるんだろう。
絶対書きたいと思っているのに、知ってほしいと思っているのに、怖くて不安で仕方ない。
でも、思う通りに、正直に書きたい。
私は遠野なぎこさんと、直接の面識はありません。
でも、ご縁があって、何度か電話やメールでやり取りしました。
きっかけは昨年。2025年の2月に、役者の知人男性が主役の演劇の公演があったこと。
その人はフリーランスの役者で、子供の頃に遠野さんと度々お会いする機会があり、いつか遠野さんと再会することを夢見ていました。
劇団や芸能事務所に所属していない彼が主役を演る機会は、(失礼ながら)そうそうないだろう。
だから私は、その公演を遠野なぎこさんに観てほしい。と思いました。
折しもその頃、遠野さんが完全フリーランスになったとして、連絡先を公開したことがネットニュースになっていました。
アメブロを拝見したら、今後コメントはInstagramやamebloへとあるけれど、どうやらアメブロではコメント出来なさそう。インスタはロム専で使い方がよくわからない。メールや電話は、お仕事用とあるからダメだろう。けれど、住所はそれ以外にも使用してよいとのこと。
そこで、誰にも言わずに、こっそりお手紙を書きました。
ブログで察せられる遠野さんの体調や、見知らぬ人間から観劇してほしいと突然言われて信用できるかとか、いろいろ迷って考えていたらどんどん初日が迫ってきて。
でも、お誘いするだけならば、許されるだろうか。と、公演のフライヤーとともに、自分なりの精一杯を送りました。

お手紙とフライヤーが届いたであろう土曜日、職場で昼休憩にスマホを開くと、見知らぬ着信履歴がありました。
普段なら無視する着信。
ですがその日は、もしかしたら遠野なぎこさんの関係者からかもしれない。と思い、折り返しました。
「もしもし、お電話いただきました◯◯(ハスミ)と申しますが」
「もしもし遠野です」
「!!!!?」
びっくりしすぎて、それから自分がどう返したのかよく覚えていません。
え!?いや、ホントに!?
遠野なぎこさんご本人!?
うっすら予想していたとはいえ、まさかご本人が電話に出るなんて!
とにかく挙動不審になって、休憩スペースから店側に数歩出てまた引き返し、しゃがみ込んで立ち上がり、テーブルの周囲をうろうろしました。その動揺は電話越しでも伝わったんでしょう。
「大丈夫、私だって普通に電話しますよ」
と言う、遠野さんの笑みを含んだような声音が、今でも耳に残っています。
正直に書くと決めたから、隠さずに言葉にすると。
元々、私が女優 遠野なぎこ に対して抱いていた印象は、あまりいいものではありませんでした。
昔好きだったドラマでは意地悪な役をしていたし、報道ではすぐ離婚する恋多き女性。バラエティで見掛けた姿は、自分優先で他人の感情なんて関係ないと思っていそう。
役者の知人男性が某劇団の動画で、記憶にある遠野さんは「とても優しい綺麗なお姉さん」と語っていたけれど、聞いた当時はそのイメージがピンとこなくて。
その後、遠野さんのインタビュー動画などを視聴するうちに認識が変わり、共感できるところがあったりして、がんばってほしいと思うようになりました。
が、それでも遠野なぎこさんは、役者の知人が「好き」なひとであって、私にとっては好き寄りの「ふつう」。
こちら側の人という親近感はありましたが、ファンというほど動向に注目しているわけでもなく。そこに特別の好悪はありませんでした。
電話口の遠野さんとお話し始めてすぐ感じたのは、声の明るさでした。
役者の知人が、ピカッ!と光るライトのように明るい声だとしたら、遠野さんの声は陽光のよう。あの日(2月だった)窓から入っていた陽差しのように、暑くも強くもなく、そしてとても明るくてさわやかでした。
私が出したお手紙へのお礼、そして、是非観劇したい。
勿論チケット代は自分でお支払いいたしますので、今からでも1枚、手に入りますか?と…。
多分大丈夫だれど、私が初日と千秋楽のチケットをすでに購入済なので、もし完売でもそのどちらかならお譲り出来る旨を伝えると、
スケジュールを確認します。としばしの沈黙のあと、
(初日)13日、空いているので大丈夫です。と遠野さん。
それから、チケット予約時のお名前等をどうするか相談すると、遠野さんご自身は、
お任せします。普通に遠野なぎこと言っていただいてもいいですし、すべてお任せします。
と、とてもオープンでした。(そのフランクさにも驚いた:笑)
そして話し方は終始丁寧、私の方が心配して遠野さんのお名前や連絡先を使わない方がよいのでは?と、私の名前でチケットを予約することを提案したときには、
お気遣いありがとうございます。(←私では普段使わないフレーズ)とさらりとおっしゃり、
チケットはお手紙に書いたように私からプレゼントさせてほしいと伝えても、
いえ、自分でお支払いします。と固辞されて。
当日は劇場からそう遠くない場所にいるので、(開演)30分前には近くにいるようにします。とのことで、2025年2月13日に、観劇するお約束をしました。
通話を終えた私は、急いでWebから当日精算のチケット予約をして、それから役者の知人にLINEを送りました。
私は職場から劇場に向かうため、開場する時間(開演30分前)より遅くなる可能性がありました。遠野さんはチケット代はご自分でとおっしゃっていたけれども、できれば私が贈りたかった。なので、遠野さんには先行予約ですでに精算済のチケットをお渡ししてほしかったのです。(勿論無理やりではなく、当日対面した際にそれでも遠野さんがお支払いしたいとおっしゃったならば、受け取る心づもりでした。)
役者の知人から、多分大丈夫(可能)との返信をもらった際、念のためお名前(私の知人と説明していた)を伺っても大丈夫ですか?と訊かれた私は、一度は遠野さんの名前を送信したものの、迷ってその後取り消しました。
劇団関係者の方が過剰に緊張されてしまうかもと心配したのと、サプライズとして喜んでほしい気持ちがあったからです。
数日後に身近な演劇経験者に、遠野さんの名を伏せて相談してみたところ。(有名人が来ることは)言わない方がいいよ、とアドバイスされました。
以前その方の公演に某若手俳優が観劇に来て、事前に知っていた関係者が、一般開場前に客席にご案内したり特別な対応をしたそうで。観客の混乱を避けるためだったのですが、その姿を舞台袖から目にした多くの役者が舞い上がってしまい、その回の公演がボロボロになってしまったと。
なるほど、やはりそういうこともあるのか。と、遠野さんのことは内緒にすることにしました。
そして自分の仕事の予定を変更し、当日は早上がりして劇場に行き、遠野さんとすぐに合流できるようにすることにしました。
それからの私は、毎日わくわくしていました。
チケットを無事取れたというご連絡に対し、遠野さんからも楽しみにしているとの嬉しい返信をもらい。
SNSではその後、早々に13日のチケットは完売!と役者さんたちが喜んでいました。
なにか差し入れたくて、ちょうどバレンタインだしと、箱で発注したブラックサンダーも受け取って。
遠野さんのアメブロでは、日に日に体調が良くなってきているご様子。
役者の知人とお目に掛かれれば嬉しいとおっしゃっていたから、ふたりが再会出来たら記念写真を撮ってあげたい。もしもお願いしたら、ほかの役者さんたちも一緒の集合写真を撮らせていただけないかしら?叶ったらきっと、役者さんたちの宝物になるだろう。よし、13日に(言えそうなら)お願いしてみよう!
楽しい想像が、たくさん頭を巡ります。

実は13日は私の誕生日で、
自分の誕生日に誰かの夢を叶えることができるなんて!
今年の誕生日は人生でいちばんHAPPYな誕生日になるぞ!!
と、幸せの予感でいっぱいでした。
前日の夜に役者の知人からの観劇時のご案内のメッセージを転送すると、翌朝には、本日伺いますね!という返信もいただきました。
もう日中は気もそぞろで仕事をし、いつもより少し早く上がり、帰りにちょっと買い物に寄って自宅に着くと。
スマホに、メールと着信履歴があるのに気づきました。
急に体調が悪くなってしまいました。
という、遠野さんからのご連絡でした。
そのとき私はいろいろなことが頭をよぎり、
どうしよう?どうしたら!?とパニックになりました。(遠野さんからメールで訊かれた)別日に変更は可能なのかとか、連日 初日(13日)満員御礼!とSNSで喜んでいた人たちとか、それなのに空席が出来てしまう申し訳なさとか、他の公演で役者の方が当日券のご案内をしていたポストとか、現在時刻とか、自分も移動しなければ遅れてしまうとか、優先順位が付けられなくなって、焦って遠野さんからの電話に折り返しました。
電話口の遠野さんは、辛そうな、泣きそうな、溺れかけた人のような声で
体調に波があって…
と急な体調の悪化を謝罪をされ、そこで私は自分の失態に気づきました。
動揺を声に出さないよう努めて、大丈夫ということ。千秋楽17日に予約を変更することを決め、お大事にしてくださいと電話を終えました。
(あの日、初日開演2時間前くらいなのに、主役に通話やLINEしてしまったり、空席を作りたくなくてLINEで急に観劇にお誘いしてしまった方、皆様とてもやさしくご対応いただいて、本当にありがとうございました。)
初日の公演が無事終わって、役者の知人に面会しました。
急なキャンセルと、もろもろのことを謝罪すると
「体調不良は仕方ないことだし、全然気にしなくていいよ~」
と彼は明るく言ってくれて。さらに、体調に波があって17日も無理になってしまう可能性もあると伝えても、
「本当に全然!そういうのは気にしなくていいから!」
と重ねて言ってくれました。
あぁ本当にいい人だなぁ。優しい人だなぁ。
(それでもやはり、キャンセルになる可能性があるならば説明した方がよいと判断し、できれば内密にしてほしいけれどと、遠野なぎこさんのことを打ち明けました。)
私は帰路の電車で、役者の知人がくれた優しい言葉と、焦って具合の悪かった遠野さんに電話してしまったことへの謝罪。ゆっくり休んでほしいこと、また前日くらいにご連絡しますということを文字にして、遠野さんに送信しました。
最寄り駅近くになったところで、とても悔やまれ、次こそは必ずと気負っている遠野さんからの返信がありました。
なので私は、遅い時間だけれど気を楽にしてほしくて「必ずとか思わなくて大丈夫ですよ~」とすぐ返信しようとしてふと気づきました。
あ~、そういえば、家族の誰からも祝ってもらえないまま、誕生日が終わるな…
それが、なんだか無性に寂しくなって、悲しい気持ちになりました。
「あの、ひとつお願いしていいですか?
実は今日誕生日なんですが、家族の誰からもお祝いを言ってもらえてなくて…」
メールの続きに、ひと言お祝いしてほしいと書いたら、遠野さんがお祝いメッセージを返信してくれました。けれども私の書き方が悪くて、それは役者の知人が誕生日と勘違いされた内容で。(^_^;)
紛らわしい書き方を謝ると、すぐに私宛のメッセージも送ってってくれました。
日付が変わる3分前。
ちょっと可笑しかったり、嬉しかったり励まされたり。
とてもあたたかい気持ちになって、
「ありがとうございます!がんばって生きます!」
と返しました。

翌朝は出勤ギリギリの時間まで、ちょっと無理して前日の公演の感想をポストしました。どう思われるか怖かったけど、普段だったら言葉にしない、辛口なことも書きました。
だって千秋楽には、遠野さんが観にきてくれるから。
体調を崩されたのは残念だったけれど、でも中止ではなく延期出来たのでよかった。
どうせ延期になったのならば、初日よりもっともっと良くなったお芝居を観てほしい。
遠野さんに感動してほしい!
リポストしたり公演を応援しながら、私は何度も遠野さんのSNSをチェックしました。
遠野なぎこさんは、毎日ブログやインスタを更新する人でした。毎日、それも多いときには日に何度も。けれども13日から、遠野さんの更新は途絶えたままでした。
その日も、その次の日も。
大丈夫だろうか。
入院されたり、重篤なことになっているのでは…
インスタには、遠野さんの体調を心配するコメントが増えていきました。
私は心配で、メールしたいと何度も思いました。
約束を大義名分にすれば、メールできるかもしれない。
けれど、それはしてはいけないと考えました。
私よりももっともっと心配している、ファンの皆さんがいる。
我慢が苦しくて、実は…と家族に相談したら、やはり家族からも、私から連絡すべきではないと言われました。
インスタが更新されて、どうか早く無事が確認できますように。どうか回復されますように。
遠野さんのアメブロとインスタを交互に、何度も何度もタップしました。
そして16日、ようやっと、遠野さんのSNSが更新されました。
「生きてます。」
その言葉に、心の底からほっとしました。
結論から申しますと、結局、遠野さんが観劇することは叶いませんでした。
16日の夜には、本日からまた少しずつ食べられるようになってきたのでお約束通り明日伺います。とのことでしたが、翌17日。朝から吐き気に襲われて、恐らく伺ってもご迷惑をお掛けしてしまうとのことで、最終的にはキャンセルのお申し出がありました。
無責任な約束をして申し訳ない。チケット代のお振込先を教えてほしい。お詫びのお手紙を書きたいので、知人の事務所の連絡先を教えてほしい等、とても自分を責めていらして、私は大丈夫、大丈夫と繰り返しました。
私は千秋楽の観劇をするため、終演後、またメールさせていただく許可をいただいて劇場に向かいました。

千秋楽の公演は、とても感動しました。
初日に観てストーリーは知っているのに、初日よりももっと泣けました。
「初日よりもブラッシュアップして、良くなったでしょ?」
と主役だった役者の知人は言っていて、観劇の満足感と同時に、私は一抹の心残りも感じていました。
この公演を遠野さんにも、観ていただきたかったな。
遠野さんより、お詫びのお手紙を書きたいから事務所の連絡先を教えてほしいと言われましたが、フリーランスの彼には所属事務所がなく。
また、遠野さんの公開されているメールアドレス等はお仕事用ということで、今回直接ご縁が繋がることはありませんでした。
遠野さんからの返信には、ご気分を悪くされたら申し訳ありません。とありましたが、役者の知人も私も全くそんなことはなく。
私にあるのは感謝の気持ちと、遠野さんに対する好意だけ。
そう、私は数日で、遠野なぎこさんが大好きになっていました。
(②へ続く)
