「しんどい」が言えないパパは、静かに壊れていく
Instagramに子どもと公園で遊んでる写真を上げたとき、「いいパパだね」とコメントが来た。
でも、その日の朝は子どもに怒鳴ってた。
帰りたくて、早く公園を切り上げようとしてた。
そのコメントを見たとき、あなたならどんな気持ちになる?
素直に嬉しかった?
それとも、どこかズキッとした?
もしズキッとしたなら、
この記事はあなたのために書く。
SNSの「いいパパ」は、ハイライトの集合体だ
育児系のSNSをスクロールしていると、
子どもと全力で遊ぶパパ、
家族でおしゃれなカフェに行くパパ、
子どもの誕生日にサプライズを仕掛けるパパ——
そういう投稿が次々と流れてくる。
「いいな」と思う。
同時に、「自分はできてないな」とも思う。
そして気づいたら、
自分も同じような写真を撮り始めている。
「いいパパに見える瞬間」を切り取って、投稿する。
いいねがつく。
コメントが来る。
「パパかっこいい」「理想の家族だ」と言われる。
それが心地よくて、またやる。
気づいたとき、あなたは「いいパパ」を演じるのが、
かなりうまくなっている。
「いい親を演じる」は、じつは悪いことじゃない
ここで一度、立ち止まって聞いてほしい。
「演じる」という言葉には、
なんとなくネガティブなイメージがある。
「本物じゃない」「ウソをついている」みたいな。
でも、演じることそのものは、悪いことじゃない。
教育の世界でも「子どもが10歳になるまでは、いい親を演じていい」という考え方がある。
小さな子どもの目には、パパの姿がそのまま「大人とはこういうもの」というモデルになる。
怒鳴らない。
落ち着いている。
子どもの話を聞く。
たとえ完璧にできていなくても、
そうあろうとすることは、
子どもの安心感につながる。
「演じること」は、未来の自分に近づくための練習でもある。
だから最初は、演じていい。
問題は、「演じっぱなし」になること
じゃあ何が問題かというと——
「演じている自分」と「本音の自分」が、
どんどんずれていくことだ。
SNSでは「いいパパ」を演じる。
妻の前でも「しっかりしたパパ」を演じる。
職場でも「家庭も仕事もこなしてるパパ」を演じる。
気づいたら、どこでも誰かのために演じている。
「本当はしんどい」
「育児、正直しんどいと思うことがある」
「子どもにイライラして、怒鳴ってしまう日がある」
そういう本音が、どこにも出せなくなっていく。
それが積み重なっていくとどうなるか。
パパ自身が、壊れていく。
ある日突然、何もやる気が出なくなる。
子どもの声が、ノイズに聞こえる日が来る。
笑顔を作ることが、苦痛になる。
それは「育児疲れ」じゃなくて、
「本音を出せない疲れ」 だったりする。
あるパパが「しんどい」と初めて口に出した夜
僕の周りのパパから、こういう話を聞いたことがある。
ある夜、子どもたちが寝た後。
妻に言った。
「俺、正直しんどい。うまくやれてる気がしない」
言った瞬間、涙が出てきたという。
そのパパは、「こんなことを言ったら、妻にガッカリされる」と思っていた。
「パパなんだからしっかりしろ、と言われる」と思っていた。
でも妻の反応は、予想と全然違った。
「そうだったんだね。言ってくれてよかった」
それだけだった。
責められなかった。
ただ、受け取ってもらえた。
その夜から、そのパパの育児が少し変わったらしい。
「いいパパを演じなきゃ」という力みが、
少し抜けたと言っていた。
本音を言ったら、妻との関係がよくなるのはなぜか
「しんどい」と言ったら、妻に心配をかける。
「できてない」と言ったら、信頼を失う。
そう思っているパパは多い。
でも実際には逆のことが起きやすい。
なぜかというと、本音を言えるということは「この人を信頼している」というメッセージだからだ。
完璧な姿しか見せないパパは、妻から見ると「近寄りがたい」「本音がわからない」存在になる。
一方で、弱さを見せられるパパは、「一緒に育児してる仲間」に見える。
パパが「しんどい」と言えたとき、
妻も「私もしんどかった」と言いやすくなる。
そうやって初めて、夫婦がチームになれる。
「完璧なパパ」より「正直なパパ」の方が、子どもには届く
もう一つ、大事なことを話したい。
「いいパパを演じている」あなたは、
子どもにどんな背中を見せたいと思っているだろう。
おそらく、「強くてしっかりしたパパ」を見せたいと思っている。
でも、子どもが大きくなったとき、
本当に覚えているのは何だろう。
完璧にこなしていたパパの姿?
それとも、泣いていたパパの姿?
「うまくいかなかった、ごめん」と言ったパパの姿?
どんなパパを覚えてるか?それは
感情があって、失敗して、それでも向き合い続けるパパの姿——
それが子どもの記憶に残り、
「自分も正直に生きていい」 という安心感になる。
完璧なパパを演じる必要はない。
ただ、正直でいることが、子どもには一番届く。
演じながら、本音を持ち続けるために
「演じること」と「本音を大切にすること」は、矛盾しない。
子どもの前では、できる限りいいパパを演じる。
それでいい。
でも同時に、信頼できる誰かには本音を言える場所を作ること。
妻でも、友人でも、SNSの匿名アカウントでも、日記でもいい。
むしろ子供にそれを話してもいいとも思う。
パパ今日機嫌悪くて怒っちゃったね。
ごめんね。本当はあんな風に言いたいわけじゃないんだよ。と
「今日しんどかった」
「うまくできなかった」
「怒鳴ってしまった、反省してる」
そういう本音を、どこかに吐き出せる場所があるだけで、
パパは長く続けられる。
燃え尽きずに、子どもの横にいられる。
まとめ:「いいパパ」より「本音があるパパ」でいい
• SNSで「いいパパ」を演じることは、悪いことじゃない
• でも演じっぱなしで本音を閉じ込めると、パパ自身が疲弊する
• 「しんどい」と言えることは、弱さじゃなく、信頼のサイン
• 本音を出せるパパは、妻とチームになれる
• 正直な姿は、完璧な姿より子どもの心に届く
演じることと、本音を持つことは、両立できる。
「いいパパ」を目指しながら、
「しんどい」と言える自分も、ちゃんと持っておいてほしい。
そのバランスが、パパを長持ちさせてくれる。
最後まで読んでくれてありがとう。
「しんどい」と思ったこと、あった?
コメントで教えてくれたら嬉しいです。
たまパパの幸せ研究所🍀
