50本書いて変わったこと|おはようカノジョ #54
12/15に最初の記事を投稿して、先日50本を超えた。
約1ヶ月半、毎日書き続けて気づいたのは、「続けられた理由は、意志じゃなかった」ということだった。
50本書いて変わったのは、根性ではなく設計だった。
最初の記事を読み返してみた
#2「初日から2つやらかした話」。
月曜日なのに日曜日のキャラが出た。タイムゾーン設定の漏れ。GitHub Actionsのcronが遅延して7:40に投稿された。
記事の最後にはこう書いてあった。
こういう失敗も含めて開発は楽しいですね。明日こそは火曜日担当の陽が、ちゃんと7:30に登場してくれることを祈ります。
「祈ります」。
当時はそれが普通だと思っていた。設定ミスが起きないように祈る。ネタが尽きないように祈る。明日も続くように祈る。
今思えば、あの頃は「続くこと」そのものを、設計できていなかった。
変わったこと
「ネタがない」と思わなくなった。
最初の頃は「何を書こう」と悩んでいた。今は逆で、観測していればネタは自然に見つかる。
昨日の投稿を見て「あれ、セリフの書き出しが似てるな」と気づく。調べてみたらプロンプトに原因があった。それが記事になる。
失敗は記事になる。改修も記事になる。観測結果も記事になる。
失敗を記事にできるようになった。
#2の時点で「やらかした話」を書いていたけど、あの頃は「失敗したけど楽しい」という軽いノリだった。
今は違う。失敗の原因を特定して、対処して、その過程を記録する。「恥ずかしい」より「これは記事になる」が先に来るようになった。
書くことへのハードルが下がった。
最初は1本書くのに2時間かかっていた。今は30分〜1時間。構成を考える時間が短くなった。
「完璧に書こう」と思わなくなったのが大きい。完成度より、まず出す。反応を見て、次に活かす。
ただ、平日は仕事で遅いので、週末に翌週分をまとめて準備しておかないと不安。「毎日書ける」と「毎日書く余裕がある」は別の話だった。
ただし、書けるようになった一方で、記録そのものは少しずつ重くなっていった。
観測したこと、数値、セリフ、改修内容。全部を残そうとしていた。
続けられた理由

続いた理由は、この分離だった。
続けられた理由は、意志の力じゃない。設計だった。
特に大きかったのは、「観測」と「改修」を分けたことだった。
2レーン運用
平日は観察、週末は構造変更。これを決めてから楽になった。
「毎日何かを改善しなきゃ」と思っていた頃は、何が効いたかわからなかった。観察期間を設けることで、変化が見えるようになった。
完璧じゃなくてもリリース
完成度より「観測できる状態」を優先する。
リリースは実装の終わりじゃない。観測の始まり。これをChatGPTに怒られながら学んだ。
記事を書く仕組み
毎日noteを書くために、いくつかの仕組みを作った。
まず記事スケジュール。
1週間先までのテーマを決めておく。
「考えなくていい」ための仕組み。
次にネタのストック。
観測で気づいたことをメモしておく。
「忘れない」ための仕組み。
そしてミニログ。
日々の判断や違和感を、短く記録しておく。
「今日は何をしたか」ではなく、「なぜ今日はそう判断したか」を残すための仕組み。
続けるために必要なのは、意志じゃなく設計。
次の50本に向けて
正直、100本まで続くかはわからない。
でも「続くかわからない」と思いながら50本まで来た。同じように、1本ずつ書いていくだけ。
続けられた理由を振り返ると、どれも「頑張ったから」では説明できなかった。
最初の記事で「祈ります」と書いた自分に言いたい。
祈らなくていい。設計しろ。
この記事が参加しているマガジン
この記事は以下の共同マガジンに参加しています。
【むぎ屋】note×AI活用推進マガジン
AIを活用した記事作成やリサーチなど、AI×noteの実践を共有するマガジン。
👉「おはようカノジョ」は @ohayo_kanojo で毎朝7:30に投稿しています。
