「リハビリ室から帰れない」に立ち向かう ― 地誌的障害はなぜ起こるのか、4つのタイプと病巣 見えない障害⑩-1
理学療法士として臨床に出ていると、動作分析や歩行の再獲得だけでなく、患者さまの「行動そのもの」にアプローチしなければならない場面に多く遭遇します。
その中でも、特に多くのセラピストを悩ませるのが、病棟内での道迷いです。
「さっきまで一緒に歩く練習をしていたのに、リハビリ室から一人で帰ろうとすると、まったく違う方向へ歩いていってしまう」 「トイレに行くと言って部屋を出たはずなのに、食堂の入り口で立ち尽くしている」
こうした場面に出会ったとき、私たちはつい「認知機能の低下かな」「注意障害があるから仕方ない」と片付けてしまいがちです。しかし、そこには地誌的障害という、空間や地理的な情報を適切に処理できない高次脳機能障害が隠れていることが少なくありません。
今回から3回に分けて、地誌的障害のメカニズム、評価、アプローチを体系的に解説します。初回は「なぜ迷うのか」という脳科学的な背景と、代表的な4つのタイプを整理します。
地誌的障害は単一の症状ではない
地誌的障害とは、視覚的な空間認知、ルート(道順)の記憶、自己中心的な位置関係の把握のいずれか、あるいは複数が障害されることで生じる状態の総称です。Aguirre & D'Espositoの分類を基礎に、臨床では大きく4タイプに整理すると介入方針が立てやすくなります。
① 街並失認(景観失認) 見慣れているはずの建物や交差点、看板といった「目印(ランドマーク)」が識別できなくなる障害です。右側の紡錘状回・海馬傍回・舌状回(medial occipitotemporal region)の損傷で生じ、顔を識別できなくなる相貌失認と合併することも多くあります。建物の形は見えていても、それが「自分の部屋の入り口」だという個別の意味と結びつかなくなります。
② 道順障害 目印は認識できても、目的地までのルートや曲がる方向の関係性を記憶・構成できなくなる障害です。右側の脳梁膨大後皮質(retrosplenial cortex)や後部帯状回、楔前部(precuneus)を含む頭頂葉内側面の損傷で生じます。「あの赤い看板の角を曲がる」ことは分かっていても、右か左かの判断ができず、空間的な広がりを脳内で地図のようにイメージ(メンタルマップの形成)できなくなります。
③ 自己中心的見当識障害(egocentric disorientation) 自分から見た物体の位置関係(左右・前後)そのものが把握できなくなるタイプです。右側の上頭頂小葉を中心とした後部頭頂葉の損傷で生じます。街並失認・道順障害とは異なり、目印の認識やルート記憶よりも、「今、自分から見てどちらが右か」という身体基準の空間処理自体が崩れている点が特徴です。
④ 地誌的健忘 海馬を中心とした側頭葉内側部の損傷により、新しい環境のルートを学習できなくなるタイプです。慣れた場所は迷わないのに、入院や転居など新しい環境への適応が著しく困難になります。
なぜこの分類が臨床に役立つのか
歩行能力がどれだけ向上し、FIMの移動項目が自立レベルに達したとしても、目的地に行けないのであれば「生活の自立」や「安全な在宅復帰」は達成できません。動作の背景にある脳のシステムを理解することで、歩行を監視するだけのリハビリから、環境をデザインするリハビリへと発展させることができます。
次回は、これら4タイプを臨床現場で見分けるための簡易評価方法(机上テストと行動観察)を具体的にご紹介します。
