僕らは誰の人生を生きているのか_第25話 「こだわり」と「とらわれ」
指示は「行動」を生み、問いは「責任」を生む
龍二はホワイトボードの中央に、大きく「問い」と書いた。
「さて、ここからが本番だ。いいか、優れたマネージャーやHRBPは、安易に答えを与えない。なぜなら、『答え』は相手の思考を止めるが、『問い』は人を動かし、未来を作るエネルギーになるからだ」
龍二は岩瀬の方を向いた。
「がんちゃん。部下に『これをやれ』と指示した時と、『君ならどうしたい?』と問うた時、何が決定的に違うと思う?」
岩瀬は少し考え、「……納得感、でしょうか?」と答えた。
「納得感は確かにあるね。でも、少し惜しい…かな。それは受け手に限った感情だ。この場合、俺は『責任の所在』だと思う。指示は『行動』を生むが、問いは『思考と責任感』を生む。
『あなたはどうしたい?』『この案件の成功条件は何だと思う?』と問われ、自ら言葉にした瞬間、その仕事は『誰かのもの』から『自分のもの』に変わるんだ」
組織の質は「問いの深さ」に比例する
「じゃあ、なおちゃん。二流の組織と一流の組織の違い、分かるか?」
なおは小首を傾げる。「……売上、ですか?」
「なるほど、確かに売り上げは大事だ。ただ、俺の問いかけの意図としては『答えを急ぐか、問いに時間を使うか』の差だと思う」
龍二はマーカーを走らせ、比較表を描き出した。

「二流は『どうやって(How)』ばかりを追い、解決策という絆創膏を貼って満足する。だが一流は、『なぜ(Why)』という風穴を空け、新しい未来を作るんだ」
問いは「こだわり」と「とらわれ」を映す鏡
龍二はホワイトボードの隅に、二つの言葉を並べた。
こだわり:信念・価値観に基づく、主体的な「選択」
とらわれ:過去の成功や恐れに縛られた、無意識の「反応」
「人や組織には必ず『思考の癖』がある。
俺は問いを『思考の執着を映し出す鏡』だと思っている。なおちゃん、例えば現場のリーダーが『絶対に出社すべきだ!』と息巻いているとする。
これは『こだわり』か? それとも『とらわれ』か?」
「……えっ、人によるんじゃないでしょうか?」
「その通り。だから問うんだ。
『なぜ出社が必要なのですか?』
『出社で本当に得たい成果は何ですか?』
その通り。だから問うんだ。思考する人間が二人いれば、そこには必ず異なる『解釈』が生まれる。 何も考えずに従うだけのロボット相手なら指示で十分だが、自律した個人の集団なら、その『解釈のズレ』を放置してはいけない。
この問いへの答えで、チームの連帯への『こだわり』なのか、管理できない不安への『とらわれ』なのかが可視化される。
問いは、行動の裏にある動機を分解する装置になるんだ。」
現場を「修理」するための4つの階層
「これから君たちが現場に入るとき、この4つの階層を使い分けてくれ」
現状認識の問い:「今、何が起きているのか?」(事実の確認)
本質探索の問い:「なぜそれが起きているのか?」(真因の探究)
戦略選択の問い:「何に集中し、何を捨てるのか?」(決断の促進)
成長促進の問い:「どうすれば組織が自走するのか?」(未来の構築)
龍二はペンを置き、腕を組んだ。
「相手が何に『とらわれて』動けなくなっているのか。それを暴き、本人に気づかせる。それがHRBPが行う『対話による外科手術』だ」
岩瀬となおは、自分たちが手にしようとしている「問い」という武器の恐ろしさと可能性に、息を呑んだ。
「個人のとらわれ」は、やがて「組織のルール」に化ける
龍二はホワイトボードを指で叩き、音を響かせた。
「いいか、怖いのはここからだ。組織において、『個人のとらわれ』は、放置すると制度化される。」
「制度化……ですか?」(岩瀬)
「そうだ。例えば、上司が『細かく確認しないと不安だ』という個人的なとらわれを持っていたとする。
それが続くとどうなる?
現場にはいつの間にか『過剰な報告文化』が定着する。
あるいは、上がミスを許さない価値観に固執すれば、現場は『挑戦しない文化』に染まる。根性論への執着は、『疲弊する文化』を生むんだ」
龍二は二人の顔を交互に見た。
「これらは元々、誰かの個人的な『思い込み』だったはずだ。だが問いがない組織は、その過去のとらわれを『伝統』や『文化』として盲目的に継承してしまうんだよ」
「否定」ではなく「選別」のための問い
「だからこそ、俺たちHRBPの問いが必要になる」 龍二は力強く書き込んだ。
このルールは何のために存在するのか?
それは『今』も有効か?
誰を守り、誰を苦しめているか?
「問いの価値は、相手を否定することじゃない。
『選別』することだ。その信念は未来にも必要か? それは価値を生んでいるか? ……守るべき『軸』なのか、手放すべき『癖』なのかを峻別するんだ。
本質的なこだわりは『理念』へと磨き上げ、不要なとらわれからは組織を解放する。これが組織開発の真髄だ」
感情の奥にある「守りたいもの」を暴け
龍二はふっと表情を和らげ、なおに問いかけた。
「なおちゃん。現場の人間が感情的になって、何かに腹を立てている時。君ならどう問う?」
「えっ……。ええと、『何がそんなに嫌なんですか?』とか……」
「そうだよね。そしてさらに深掘りするなら
『なぜ、それに腹が立つの?』
『本当に怖いのは何?』
『あなたが守りたいものは何?』
……これらは、感情の奥に隠れた『こだわり』と『とらわれ』を見つけるための問いだ」
さらに龍二は、自分自身を指差した。 「これは上司自身にも言えることだ。『なぜ自分は部下に任せられないのか?』『なぜ成果より態度が気になるのか?』。
自らに問うことで、自分の管理欲というとらわれに気づくことができる」
執着を価値観へ昇華する技術
龍二は最後に、ボードの端に一行だけ、殴り書きのような鋭い筆跡でこう記した。
問いとは、執着を価値観へ昇華するための技術である。
「……執着を、価値観へ」(岩瀬)
岩瀬はその言葉を噛み締めるように呟いた。自分がこれまで「正しさ」に執着していたこと、それが組織にどんな「とらわれ」を強いてきたか。その霧が、龍二の言葉によって晴れていくのを感じていた。
さて、今回は『問い』と、組織や人における『こだわり』と『とらわれ』について龍二からの投げかけがありました。なおの躊躇する行動はこだわりか、とらわれか…。心理的安全性という外部要因だけでは突破できないチャレンジの壁を描きました。
次回はこの『こだわり』と『とらわれ』をどう解きほぐすかという考え方について深めていきたいと思います。創作大賞に応募するため、更新頻度を上げていますが、文字数は少なくなっているはずです。引き続きよろしくお願いいたします。

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