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僕らは誰の人生を生きているのか_第29話 開戦の前夜


開戦の前夜 ―― 組織図に引かれた動線

三月末、特務支援室の朝。
窓から差し込む光は心なしか春の柔らかさを帯びていたが、龍二が二人のデスクに置いた「スケジュール表」と「最新の組織図」からは、ピリついた実戦の気配が漂っていた。

1. 特務支援室の「出陣号令」

龍二はいつになく引き締まった表情で、壁のホワイトボードを指差した。

「さぁ、来週から新年度だ。我々特務支援室もついにこの部屋を飛び出し、各チームの支援に入っていくことになる。
いわば、これまでは『自分たちを整える研修』だった。だが、ここからは『組織変革の実践』だ」


龍二の言葉に、なおと岩瀬の背筋が伸びる。

「4月1日から、手元のスケジュールに入れた通り、各チームのミーティングに入ってもらう。

新年度のスタートは、本来の異動者が配属されたり、昨年度の総括と今年度の目標が開示される、組織にとって最も重要な『スタートダッシュ』の期間だ。

もちろん俺も可能な限り同行するが、体が一つじゃ足りないからな。二人とも、各チームに迷惑をかけないよう、しかし、お客さんにならないよう鋭く『問い』を立てながら参加してくれ。

おそらく知らないことが多いが、それは新配属の人間も同じだ。君たちに分からなければ、彼らにもわからない。あえての素人質問なんかも有効だろう……。」

龍二は少し肩の力を抜いて、ニヤリと笑った。 「あ、それからカツたち人事課は、新入社員研修で手一杯だ。しばらく彼らのサポートは期待できないから、自分たちの足で立ってもらうぞ!」


2. 示された「組織の俯瞰図」

手渡された資料には、この会社の全容が記されていた。

「全6部20課……。ここが、僕たちの戦場になるわけですね」 岩瀬が静かに呟いた。二人は共に営業部出身だが、所属していた「課」は異なっていた。自分たちがかつて見ていたのは、この広大な地図のほんの一部でしかなかったことに改めて気づかされる。


3. 岩瀬の戦略眼と、なおの「情」

なおはスケジュール表を食い入るように見つめ、ある一行を探していた。 (……あった。営業部・新城さんのチームのキックオフ……) かつての上司、新城。小さなミスで動けなくなったあの日から、自分はどれだけ変われただろうか。

一方、岩瀬は龍二に鋭い視線を向けた。「龍さん。この各チームミーティングへの参加目的は、単なる顔合わせではなく、HRBPとして会社全体の『状態』を把握するため……という認識でいいでしょうか?」

「お、さすががんちゃん。飲み込みが早いな」 龍二は満足げに頷いた。 「その通りだ。特に期初のキックオフは、数字の裏にある『現場の空気感』が一番色濃く出る。
昨年度をどう振り返り、新年度に何を期待しているのか。それを知らずして、組織の変革など語れないからな」


4. 経営と現場を結ぶ「架け橋」

なおがスケジュール表の後半を見て、驚きに目を見開いた。 「龍さん! これ……『経営会議』の予定も入っていますが、私たちも同席するんですか?」

「もちろんだ」 龍二は当然といった風に答えた。

「君たちは単なる人事じゃない。『経営と現場を結ぶ結節点』だ。経営が何を悩み、どんな未来を描いているのかを知らなければ、現場への問いはただの空論になる。逆に、現場の痛みを知らなければ、経営への提言はただの数字遊びになる」

龍二はなおと岩瀬、それぞれの顔を見据えた。 「君たちがこの一ヶ月で手に入れた『問い』という武器。それが、経営層と現場のリーダーたちにどう響くか……腕試しと行こうじゃないか。

それと、君たちのアカウントには特殊な権限が付与してある。これまで社内で見ることができなかった、他部署の会議議事録のフォルダにアクセスできるようにしておいたので、事前に予習しておくといいだろう。」

特務支援室の空気が、熱を帯びて膨らんだ。 三月の準備期間は終わった。四月、新入社員の初々しい声が響くオフィスの裏側で、彼ら「特務支援室」の静かな、けれど激しい介入が始まろうとしていた。

番外編で、龍二と勝也の人生グラフを書こうとしていたのがバレましたね😄

鏡の向こう側の景色 ―― 経営と現場の「溝」

特務支援室に戻ったなおと岩瀬は、椅子に深く沈み込んでいた。 一週間にわたる全6部20課のミーティングへの全速力での参加、そして仕上げの経営会議。脳が熱を持ち、心地よい疲労というよりは、未整理の情報が渦巻く混沌の中にいる感覚だった。

龍二は何も言わず、二人の前に置かれた空のカップを見つめ、静かにミルを回し始めた。


1. 言葉にならない「違和感」

「どうだった、二人とも。初めての経営会議は」 龍二の問いに、まずなおが深く息を吐きながら答えた。

「……すごかったです。緊張しました。でも、会社がどこへ向かいたいのか、何を成し遂げたいのかが、驚くほど整理されていて……方向性は、すごくわかりやすかったです」

「……ええ。ものすごく納得感のある説明でした」 岩瀬も同意するように頷く。 「数字の整合性も、戦略の合理性も完璧だ。……でも、何でしょう。ものすごく『正しい』はずなのに、何か決定的な違和感がある。まだ、それを言葉にできないのですが」

「がんちゃん、私も感じたよ。なんだろう、このモヤモヤする感じ……」

二人の視線が宙を泳ぐ。 「ははっ、いいじゃないか二人とも」 龍二は楽しそうに笑いながら、新しい豆を量り始めた。 「コーヒーを淹れている間、二人でリフレクションしていてくれ。その違和感、言語化できるといいなぁ」

なおは、龍二が手に取った豆の量が、いつもの三人分より明らかに多いことにうっすらと気が付いた。だが、今はそれどころではなかった。現場の「生身の空気」と、経営の「洗練されたロジック」の間にある、あの奇妙なズレを解き明かしたい衝動が勝っていた。


2. 招かれざる(?)来訪者

「お疲れ様でしたー!」

威勢の良い声と共に扉が開き、勝也が入ってきた。その後ろには、威厳を纏った長身の影――。

「坂本さん……!?」 なおが驚いて立ち上がると、岩瀬も即座に背筋を正した。 「お疲れさまです!」

「二人とも、経営会議への参加、お疲れさまでした」 坂本CHROは、柔らかな、けれど射抜くような眼差しで二人を見つめた。

「坂本さんは、どうしてこちらへ……?」 なおの問いに、坂本は龍二の手元を見ながら穏やかに答える。 「佐々木さん(龍二)が、新しいコーヒーを仕入れたというのでね。いただきに来たんですよ」

かつてのなおであれば、雲の上の存在である坂本に対し、恐怖や過度な緊張を感じていたはずだ。しかし、龍二から聞いた坂本の過去――龍二の後を引き継ぎ組織を維持し、今回の変革の起点として再び龍二を呼び戻した仕掛人、なおの心に「同じ人間としての親近感」を抱かせていた。


3. 言語化への「三者対話」

「どうでしたか、経営会議は?」

坂本の問いに、なおと岩瀬は、全20課を回ってきたからこそ感じる矛盾を、飾らない言葉で説明した。 現場で見た「目標に対する疲弊」や「形骸化したコミュニケーション」。一方で、経営会議で語られた「輝かしい未来」と「無機質な数字」

なおはふと、隣にいる勝也が、いつになく静かに、姿勢を正して坂本の隣に控えていることに気づいた。 (かっちゃんさんも、坂本さんの前では『人事課の顔』になるんだな……) そんなことを考えながらも、なおは不思議と安心していた。今の自分には、坂本の威圧感に助け船を求める必要さえなかった。

二人の話を聴き終えた坂本は、一瞬だけ龍二の方を見て、わずかに口角を上げた。

「……その言語化、私も加わっていいかな?」

坂本が岩瀬の向かいに腰を下ろす。特務支援室の空気が、さらに一段、密度の高いものへと変わった。

坂本!?元のイメージどこかへ行ってしまった😓

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