「検索避け」ってそもそもなんでやってるんだっけって話

わたしは一次創作がメインの民なので、見てもらってなんぼというところはある。
だけど一次創作でも検索避けは必要な場合がある。
あまりにも公序良俗に反したものを投下する場合とかさ。

そもそも、XはパブリックなSNSなのだから、検索避けをするかしないかに拘わらず、本来よくないものは”掲載すべきではない”。
Xでは機能としてヌード、センシティブなどのフラグは付けられるけど、それで対応しきれないものにするのが、検索避けなのだろう。

では検索避けが要るのか、要らないのか。

最近、その件で大分議論をしているのを目にしてわたしも考えたのだけれど、なんというか、その時々だろう、と思う。


※この記事には誰かを非難したり擁護したりする意図がない。
全ての記事や言い分に目を通していないし、いる派もいらない派もはなしはわかるが落ちつけ。


少なくとも、「検索避けが不要だというお前のR18Gモブレをタグ付きで書いて投稿するぞ」はあまりに羅生門の下人すぎるマインドだし。
言われた方も「あなたの創作ですからご自由にどうぞ。ただし私がそれを見て不快に思ったら対処します」というのも、諸刃の剣というか。


なんというか、だめなんですかね。

公式、原作者、或いはそれらが本来対象とする閲覧者に見せて心地の良いものを提供しよう。
違うかな、と思ったらタグ付けや公式の検索ワードは抜いて投稿しよう。
或いは、もっとクローズドな場に投稿しよう。
というのは。

本来の検索避けってそういうものでは?

そもそも検索避け自体全員同じスタイルでやってるわけじゃないし、こうしようという決まりがあるでなし。
もっとも、機能しているか怪しい、だから不要、というのもまた乱暴な話だし、R18Gがタグ付きでまかり通るのも極端だし。

確かに創作は自由だし、権利ではあると思う。
ただ、それを見せびらかすならそれなりに、様々な責任だとか、ある程度秩序というものがないといけないのではないかと思うんだよな。


その秩序をどうするか、ってことは、いま考え中。


なんだろうな。
検索避けは「閲覧者の選定」や「公式に見つからない」に対してが現状一番の理由だと思うけど、「閲覧者がそれを見て公式にどういう感情を抱くか」とか「投稿を閲覧された時の反応を、公式側からしたらどう受け取るか」というのもまた理由としてあるのではないだろうか。

という話である。最後のやつはまた考えがまとまったらかな。


おしまい。
とっぴんぱらりのぷう。

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