【マインクラフト異世界譚】〜無価値からの人生変革〜.7
【マインクラフト異世界譚】〜無価値からの人生変革〜
第七章:「黎明」
──夜が、明けた。
静かな空の下に、命の匂いが戻ってくる。
風が吹いている。草が揺れている。
遠くで鳥が鳴き、森の奥では何かが走り去る音がする。
譬喩は木の陰で目を細め、じっと朝の光を見つめていた。
「……朝、か……」
声は掠れていた。
喉が焼け、胸が苦しい。
足の裏は泥と傷で痛み、手の皮は部分的に裂け、爪には血が滲んでいた。
全身が筋肉痛と打撲に覆われていて、動くたびに神経が軋む。
昨夜──譬喩は、死んでいてもおかしくなかった。
あれはただのゲーム上の“夜”ではない。
生きることそのものに、剥き出しの牙を向けてくる、リアルな「闇」だった。
けれど、自分は今、ここにいる。
まだ生きている。
「……だったら……考えるしかない、か」
譬喩は、ようやく立ち上がった。
重い体を引きずるようにして、背負った荷物──残った木材と羊毛を確認する。
手にはまだ、使い古された木の剣があった。
刃は欠け、柄も濡れていたが、まだ手に馴染む温もりがある。
まず考えるべきは、“死なないために何をすべきか”だ。
「食料、道具、寝床……」
譬喩は、ぼそりと呟いた。
腹は空っぽだった。羊肉を一切れかじったきり、何も食べていない。
眠気は相変わらず訪れてこない。けれど、脳は悲鳴を上げている。
この状態のまま、次の夜が来たら──次は、走れない。戦えない。
(……優先順位を、立てる)
生き延びるために必要な要素を、譬喩は頭の中で並べ直した。
まず、食料の確保。
羊肉は栄養価が高く、焼けば腹持ちもいい。
ただ、かまどがないと生肉では逆効果だ。
次に、木材の確保。
道具の材料であり、松明の原料でもある。
木を切ることで、運が良ければリンゴも入手できるか…?
その後、石掘り。
丸石と石炭を手に入れ、かまどと松明を作成。
そして、木製の道具から石器への強化へ。
「羊も、狩るしかないな……羊毛と、肉と」
そう、譬喩はもう迷わなかった。
“生きる”ために、命を奪うしかない世界だと理解している。
現実の価値観はこの世界では贅沢だ。せめて──奪う命に、意味を。
森を歩くうちに、譬喩の感覚が変わっていくのがわかった。
木を見れば、その高さと葉の茂り具合から「何本ぶんの木材が取れるか」を考えるようになり、
石を見れば、「どこを掘れば石炭が露出しやすいか」と自然に目がいくようになる。
──この世界には、“理(ことわり)”がある。
「再現できる。……だったら、攻略も、できる」
それは「希望」という名の、ささやかな肯定だった。
やがて譬喩は、一つの場所に足を止めた。
木々が開け、陽がよく差し込む平原。
川が流れ、岸には砂利が混じった緩やかな斜面。
獣道らしき跡があり、空には小鳥が飛び交っている。
「……ここだな」
つぶやく声に、確かな手応えがあった。
水、光、木、石──
すべてが揃っている。敵の死角も作りやすい。建てるにも、守るにも、使える地形。
譬喩はその地に、そっと松明を一本立てた。
目印だった。
ここが、自分の“命を繋ぐ場所”になる。
「まずは、食料。そして寝床」
夜はまた、必ず来る。
だが今度は──逃げるためではなく、生き延びる準備をするために、動ける。
譬喩は、疲労の中に確かな意志を抱き、ゆっくりと歩き出した。
それは、生き残るための“最初の一歩”だった。
