【マインクラフト異世界譚】〜無価値からの人生変革〜.4
【マインクラフト異世界譚】〜無価値からの人生変革〜
第四章:「価値を、変換する」
木の剣。木のつるはし。木の斧。そして、木のスコップ。
クラフト台の前で譬喩は無言のまま作業を続けていた。
慣れた手つきだった。操作感覚は、まるで身体の延長のように自然だった。
木材を並べ、柄と刃を形づくる。完成したアイテムは、そのままインベントリへ滑り込む。
(……便利だな)
そう思いながらも、どこか釈然としない。
痛みがあり、疲労があり、空腹がある。
この世界は、あまりにも“現実に似すぎている”。
だがその一方で、譬喩は作業をこなすことに、ある種の心地よさを感じていた。
成功すれば、結果が返ってくる。それだけで、救われた気になれる。
「……なら、もっと効率を上げたいな」
思わず漏れた独白に、自分自身で驚いた。
効率――そんな言葉、かつての生活では呪いだった。
生きている実感を削り取られるように、仕事を機械的にこなしていた。
でも今は、違う。
この世界は、少なくとも「やった分だけ前に進む」仕組みになっている。
そう――それなら、“もっと前に進む方法”を試してもいい。
譬喩の中で、ひとつの名前が脳裏に浮かんだ。
マーケットプライス
スキル。
それが与えられていた異能。
名前だけは転移直後から頭の隅にあったが、使う機会を見送っていた。
「……そろそろ、試してみるか」
譬喩は、作業台の横に転がっていた木材のブロックを手に取った。
そして、ゆっくりと目を閉じ――心の中で念じる。
(これを……“NP”に変換)
その瞬間、視界の前方にホログラムのようなUIが浮かび上がった。
まるでECサイトのような、現代的で整然としたインターフェース。
透明なウィンドウの中に、所持素材と変換可能なNP値が一覧で表示されている。
| アイテム名 | 数量 | 変換可能NP |
|------------|------|-------------|
| 土ブロック | 10 | 1.0NP |
| 木材 | 6 | 3.0NP |
| 原木 | 2 | 1.4NP |
小計:5.4NP
譬喩は、無言のまま素材を選び、「変換」ボタンに意識を集中させた。
軽い風のような反応と共に、素材が淡く崩れ消えていく。
その代わりに、UI右上のNPカウンターが「0.0 → 5.4」へと更新された。
(本当に……金に変わった)
手応えはなかった。触れられるものは何一つない。
けれど、確かに何かを失い、何かを得たという感覚だけは、妙に強く残っていた。
UIの隅に表示される小さなボタン──「マーケットへ進む」を選択する。
画面が切り替わり、そこには異様に整った“ショップページ”が広がっていた。
一覧に並ぶ商品群は、ゲームの中でも見たことのない名前ばかり。
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《Portable Torch》:周囲を自動照明。闇を拒む便利ツール → 価格:80NP
《Shelter Kit α》:設置で即席のシェルター(3×3×2)を生成 → 価格:120NP
《Auto Furnace β》:焼成&燃料管理を自動化 → 価格:150NP
《Hunger Bypass α》:空腹の影響を軽減(※3日間有効)→ 価格:180NP
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譬喩の手元には、5.4NPしかない。どれひとつとして、今は手が届かない。
「……高すぎる」
呟いた声に、自嘲が混ざった。
だが同時に――どこか納得していた。
この世界では、すべてが命に直結する。
だからこそ、アドオンもまた安くはない。
“命の代価”として、それは妥当な値付けだった。
譬喩は、何度か画面をスクロールしながら、各アドオンの説明をじっくり読み込んだ。
そのどれもが、“便利”の一言で済ませられないほどの力を秘めていた。
「……これが、稼げば買える世界」
現実では、どれだけ頑張っても評価されないことばかりだった。
だがここでは、素材=努力が、数値化され、通貨になり、結果になる。
譬喩の中で、何かが少しだけ変わった。
しかし。
突然、木の影がわずかに伸びた。
譬喩は反射的に太陽の位置を確認する。
高度が、目に見えて低くなっている。
(……日が、傾いている)
次の瞬間、胸の奥が冷えた。
夜が来る。
この世界の夜に、どんなものが潜んでいるかはわからない。
けれど、現実ではないとはいえ、あの“死の感覚”をまた味わう可能性があると思うと――身体が、静かに震えた。
譬喩は、マーケット画面を閉じた。
その透明なUIが、ゆっくりと空気に溶けていく。
「マーケットプライスは……生き延びた先でこそ、意味を持つ」
今は使えない。それは、死んでしまえば何の意味も持たない資産だ。
「まずは――夜を越える」
その言葉は、決意というよりも、本能の叫びだった。
譬喩は、装備した木の斧を見下ろした。
道具はある。まだ時間もある。
NPは稼げる。だがそれは、“生きていれば”の話だ。
「命を繋ぐ。そのためなら、何でもやる」
太陽が、じわじわと地平線に沈みかけていた。
“最初の夜”が、音もなく忍び寄ってくる。
