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【マインクラフト異世界譚】〜無価値からの人生変革〜.19

第十九章『大蛇』

洞窟の奥深くから、地面が隆起するような轟音が響き渡った。最初は微かな地鳴りだったが、瞬く間に激しさを増し、足裏から伝わる衝撃が背骨を駆け上がって脳を揺さぶる。岩盤が微かに砕ける匂い。湿った空気の中、硫黄の焦げ付くような臭いが立ち込めてきた。

《来たぞ》

頭の中で、弥縫の声が冷たく響く。彼の声には一切の感情がない。それが逆に、これから現れる存在の異常さを際立たせていた。

闇の向こうから、二つの光がぬらりと現れる。無数の個眼が集まってできた、巨大な複眼だった。姿を現した"それ"は、譬喩が知る蛇の概念を遥かに超越していた。炭のように黒く光る鱗に、のたうつ胴体の下で赤黒い腹が岩肌に擦れる。竜の原形を思わせる神話的な威圧感が、静かに空間を圧迫していた。

「……化物め」

譬喩の喉から、かろうじて声が漏れた。だが、恐怖に心を明け渡す時間は無い。彼は意識的に筋肉の緊張をコントロールし、これから始まる生存のための全力疾走に備えた。

大蛇が鎌首をもたげ、ギョロリと複眼を動かした瞬間、譬喩は即座に背を向け、洞窟の入り口に向かって駆け出す。

《左へ、距離を取れ! 手榴弾だ、振り返りざまに投げろ!》

弥縫の指示が飛ぶ。譬喩は言われるがままに左の壁際へ寄り、走りながらポーチから手榴弾を取り出す。振り返ると同時に、大蛇の巨大な頭部めがけて全力で投擲した。

轟音と閃光。爆炎が大蛇の顔の側面で炸裂し、炭色の鱗を数枚吹き飛ばす。肉が焼け、黒い血が飛沫となって飛び散った。爆炎の反射で、黒い鱗に走ったひび割れが一瞬光り、複眼に赤い炎が宿る。

──グギャアアアアアアアッ!

洞窟全体が震えるほどの、凄まじい怒号。殺意が譬喩一人に集中した。

《走れ、立ち止まるな!》

弥縫の叱咤が、再び譬喩を走らせる。背後から迫る地響きが、心臓の鼓動と同期していく。
振り返る、罠を起動する、爆発を確認する、再び走る。死から逃れるための、機械的なリズムの反復だ。

《右に閃光! 複眼を狙え!》

最初の罠ポイントに到達。譬喩は指示通り、右手の壁際に仕掛けた閃光手榴弾のワイヤーを引いた。刹那、洞窟内が真昼のように白く染まる。強烈な光に焼かれ、大蛇が苦悶の声を上げて動きを止めた。

《次! 落とし穴に誘導しろ、左だ!》

譬喩は大蛇の注意を引きつけながら、巧みに左側のルートへ駆け込む。そこは草ブロックで巧妙に隠された溶岩溜まり。巨体は勢いを殺せず、偽装された床を踏み抜いた。

ゴボリ、と鈍い音を立てて大蛇の半身が灼熱の溶岩に沈む。しかし、絶叫と共に、奴は信じられない力で身を捻じり、周囲の壁ごと破壊して脱出した。焼けた鱗が炭化して剥がれ落ち、肉が爛れている。それでも、その勢いは衰えない。

《閃光と爆発を連動させろ!》

譬喩が振り返りざまに次の罠を起動する。炭化した鱗がさらに剥落し、洞窟全体が轟音に包まれた。それでも大蛇は追撃をやめない。譬喩の視界は振動でブレ、UIは赤く点滅する。

《SYSTEM:予測殲滅率、低下中》

UIに無慈悲な赤文字が点滅する。半身を焼きながらも突進してくる蛇王の姿は、理性を失わせるほどの恐怖だった。天井が崩れ始め、瓦礫が雨のように降り注ぐ。

《くそ……奴は罠の意味を理解しているかのように進む!》
弥縫の声が冷静さの中に焦りを滲ませる。

「まだ足りないのか……!」
譬喩は心を乱さず、ただ次の行動に集中する。恐怖は押し込め、体感と反応に意識のすべてを置く。

その時、大蛇が突如として顎を大きく開き、空間を削り取るように凄まじい速度で噛みついてきた。視界を覆い尽くす牙の壁。回避は不可能。死が、すぐそこまで迫る。

《——避けろ! クソ…耐えろよ譬喩…ッ!!!》

弥縫の思考が、命令となって譬喩の脳を直接焼く。思考する猶予はない。譬喩の意思とは無関係に、体が強制的に動かされた。

《刹那加速!!!!!!》

スキルが発動。世界から音が消え、全ての動きが引き延ばされる。UIの表示が青白い流線形に変わり、時間の流れが粘性を帯びた。

迫りくる上顎の牙。譬喩の体は、ありえない角度で後方へ反り返る。ボクシングのスウェーバックにも似たその動きは、しかし人間の関節の可動域を明らかに超えていた。背骨が軋む音が聞こえる。

牙の先端が、鼻先を掠める。

そのコンマ数秒の隙間。体を反らした反動を、そのまま回転エネルギーに変える。腰を捻り、腕をしならせ、足で地面を強く蹴りつける。全ての力が、腰に下げた六角金棒の一点に収束していく。

がら空きになった蛇王の下顎めがけて、突き上げるような苛烈な一撃を叩き込んだ。

ゴギャッ!

生々しい骨の砕ける音。骨片と血がスローモーションで宙を舞う。

《急所に入った!》

弥縫が叫ぶ。時間の流れが元に戻り、譬喩は無理な体勢からの反動と強烈な頭痛で激しく体勢を崩しながらも、即座に出口へと走り出した。背骨と全身の筋肉が悲鳴を上げている。

顎を砕かれ、怒り狂った大蛇が最後の力を振り絞って追ってくる。出口はもう目前だ。

《今だ、起動しろ!》

譬喩は出口直前で、壁に埋め込まれた改良型TNTの最後のトリガーを叩いた。弥縫が脳内でカウントダウンを開始し、爆発のタイミングを完璧に誘導する。奥に仕掛けた爆薬が連鎖し、最後に手持ちの手榴弾を投げ込む。

洞窟全体が、一つの巨大な爆弾と化した。
岩盤は赤く灼け、洞窟は火口のように変貌する。凄まじい爆風と熱波が、譬喩の背中を打ち据えた。

吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられた衝撃で、全身に激痛が走る。煙と炎が渦巻く洞窟が、ごうごうと音を立てて崩落していく。

朦朧とする意識の中、譬喩は瓦礫の隙間から、炭と化した大蛇の頭部が見えるのを、ただ見つめていた。それはもう、動かなかった。

「……勝った……」

血を吐きながら、譬喩は呟いた。

《……とんでもない、化物だったな》

弥縫の声が、疲労と安堵を滲ませて響く。
その時、視界の隅で、静かなシステムメッセージがポップアップした。

《SYSTEM:レベルが12になりました》

勝利の代償は、あまりにも大きかった。炭と血の匂い、止まらない耳鳴り、そして全身を苛む痛み。それが、この世界で生き延びるということなのだと、譬喩は改めて骨身に刻み込んだ。



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