【マインクラフト異世界譚】〜無価値からの人生変革〜.8
【マインクラフト異世界譚】〜無価値からの人生変革〜
第八章:「ベッドと狩猟と夜の防壁」
──朝の光が、確かにそこにあった。
それは生存の証であり、夜を越えた者にだけ訪れる褒美のようだった。
譬喩は地面に膝をついたまま、数分ほど動けずにいた。
手足が重い。胸がきしむ。思考も、ひどく遅い。
けれど、それでも、動ける。
地面に突き立てた灯火。
小さな光が、仄かに揺れた。
それはこの拠点の“起点”になるものだった。
「……暮らすんだ、ここで……」
そう口にしたとき、自分の中で何かが切り替わる音がした気がした。
逃げ延びるだけの時間から、“暮らす”という連続性へ。
もう一度、目の前の地面を見つめる。
光が差している。草が生い茂っている。
──生きるために、ここを整えなければならない。
まずは、目の前の木に歩み寄った。
木の斧を振る。節のある幹が、乾いた音を立てて裂けていく。
木材を抱えながら、足元に落ちた葉からリンゴを見つける。
やや傷んでいたが、食べられそうだった。
口に運ぶ。
シャクッという小気味よい音を立てる。
口内に広がる甘味と酸味と瑞々しさに、生命を感じる。
(うまいな……甘味候補だ)
貴重な持続的食料に、譬喩は満足げな笑みを浮かべた。
草むらも素手で刈った。
すると、小さな種が一粒、手のひらに残った。
(……小麦の種……?)
農耕という可能性が、思いがけず浮上する。
だが、それは後の話だ。今は、命を繋ぐものから。
少し休んでから、譬喩は斜面を越えて、丘の上に出た。
そこには羊が三頭、群れていた。昨日も、同じように狩った。
けれど今日は──躊躇いがなかった。
「……ごめん」
その一言だけ、胸の奥に落としてから、剣を握り直す。
そして、走った。
一頭、二頭、三頭。
肉と羊毛を手にしたとき、少しだけ胸が詰まった。
それでも、やるべきことだと理解している。
次は、石だ。
地面に空いた裂け目のような場所から中へ入り、ツルハシで壁を削る。
叩くたびに腕が痛む。だが、少しずつ、確かに掘れる。
石炭が見つかったとき、譬喩は少しだけ笑った。
黒くざらついた鉱石は、焚き火やかまどの燃料になる。
それだけではない。赤茶けた金属──銅も、数個だけ見つかった。
「……扉は、これにするか」
そんな独り言を、誰に聞かせるでもなく漏らした。
拠点へ戻ると、かまどを作って石炭をくべ、肉を焼いた。
羊肉の香ばしい匂いが、腹の底を刺した。
ひとくち。熱く、脂がじゅっと広がる。
口の中が潤い、胃が驚いたように動き始める。
──満たされた。
生き物が「食べる」ことで感じる、根源的な安堵だった。
譬喩は、木材と石を手に、道具の作り直しに取りかかる。
石の剣。石のツルハシ。石の斧。石のシャベル。
そして──石のくわ。
一つずつ、自分の命を守る道具を揃えていく。
水辺へ移動し、柔らかい土を探し、石のくわで一マスだけ耕した。
そこに、小麦の種を埋める。
それだけで、どこか未来が芽吹いたように思えた。
──ベッドも、作れた。
羊毛三枚と木材三枚を合わせて、ようやく手にしたそれは、
柔らかそうで、あたたかそうで、眠れそうだった。
手を伸ばして触れる。
その感触に、一瞬だけ目を閉じた。
(……この上で、眠れたなら……)
それはきっと、「この世界に身を委ねてもいい」と思える、
最初の証になるのかもしれなかった。
けれど、譬喩はすぐには試さなかった。
「……まだ早い。寝てる間に、また来たら……」
それだけは、避けなければならなかった。
安全が確保されるまでは、眠ることすらリスクになる。
──眠るという行為が、“信頼”を意味するのだと、
この世界に教えられるとは思わなかった。
日が傾きはじめる頃、譬喩は囲い作りを始めた。
採掘で得た丸石をかまどで焼き、“石”を作り──
さらにそれを加工して“石レンガ”へ。
そして石レンガで、周囲を囲うように壁を作っていく。
天井部分にも石レンガを使い、小さな正方形の完成だ。
扉は、銅を精錬して作った。木よりも硬い扉。
“襲撃”の記憶が警鐘を鳴らす。
硬度が必要なのだ。
殴打による破壊はもちろん、“クリーパー”が来ない保証はない。
松明も、ぎりぎり数本だけ設置できた。
拠点の周囲に、それを立てていく。
日が沈み、夜が訪れた。
……しかし、何も来ない。
敵は現れなかった。
ただ、一匹──遠くからこちらを視認したゾンビが、ふらふらと接近してくる。
譬喩は、剣を構えた。
走らない。慌てない。
光の中で、地面を踏みしめて待つ。
「……来い」
ゾンビが間合いに入った瞬間、譬喩は踏み込み、剣を振った。
重い手応え。だが倒れない。
刃が骨に食い込み、一瞬抜けない。
その間に、ゾンビの手が、空をなぞるように伸びてきた。
(……近い!)
譬喩は腰を捻って剣を引き抜き、踏み込んで斜めに振り抜いた。
もう一度、剣を振る。腹が裂け、骨が覗く。
最後に、肩口から喉元へ刃を滑らせ──ゾンビは崩れ落ちた。
息が荒い。汗が出る。
心臓が耳元で鳴っている。
けれど、今の戦いには、恐怖よりも──技術の未熟さが残った。
「……剣術、覚えた方がいいかもな」
だが、剣術とは言っても、誰かに指南してもらえるわけにはいかない。
譬喩の脳裏には──
筋トレ(腹筋/背筋/スクワット)
ランニング
素振り
柔軟
戦闘論思考
シャドー
実践
というトレーニングメニューが浮かんでいた。
筋力、体力、柔軟はもちろん……
剣に振り回されない体感覚も必要だろう。
そして、剣の継ぎ目を埋める蹴りを絡めた動き、
盾を絡めた動きのシャドー……実践へ。
「……ジョブで例えると……剣闘士か? 何だか、かっこいいな」
譬喩は、不敵に笑った。
そして腐った肉を拾い、《マーケットプライス》でNPに変換する。
ごくわずかだが、確かに成果があった。
光は──敵を退ける。
それが、初めての“実証”だった。
松明の灯りに守られながら、譬喩は静かに空を見上げた。
夜は静かだ。恐怖はある。
けれど、ここには希望がある。
「……ここなら、守れるかもしれない。
──でも、そう思った瞬間から、気を引き締めなきゃいけない」
安心は、いつだって罠になる。
そう思いながら、譬喩はもう一度剣を握り直した。
小さな火と、硬い石と、そして揺れる夜の気配の中で。
彼はまだ、生きている。
