【マインクラフト異世界譚】〜無価値からの人生変革〜.10
【マインクラフト異世界譚】〜無価値からの人生変革〜
第十章:「耕す者の朝」
──朝は、穏やかだった。
ベッドで目を覚ました譬喩は、まず窓の外に目を向ける。外敵の気配はない。空気は冷えきっていたが、妙に心が静かだった。
昨夜、自分が眠ることを選び、守り抜いたという事実が、胸の奥に淡く灯っていた。
譬喩はゆっくりと体を起こし、起床直後のルーチンとして、素振りを始める。呼吸を整えながら、剣を握り、空を斬る。
次に、拠点をぐるりと囲むように走り出した。ランニングとパトロールを兼ねた習慣は、いつの間にか“日常”になりつつある。
その途中──一本の木の陰に、1体のゾンビが立っていた。
譬喩は驚かなかった。静かに足を止め、剣を引き抜く。
斬撃。間合い。回避。昨夜の“責任”を思い出すように、冷静に、確実に処理する。
終わった後、譬喩はその場に立ち止まり、剣を地面に立てて小さく息を吐いた。
脳内で、今の動きを反芻する。斬撃の振り幅、踏み込み、体重移動。反応速度。思考と感覚の差異。
「やっぱり、攻めるより守るが前提だな……」
ゾンビの動きは直線的だったが、それゆえに、関節を砕けば機動力は失われる。胴を砕いても動くのなら、足から奪うのが得策だ。そうした分析が、自然に脳内を巡っていく。
──そのとき。
視界の端に、わずかな“違和感”が浮かんだ。
最初は目の疲れかと思った。しかしそれは消えず、ぼんやりとした文字列のようなものが、意識の隅に揺れている。
譬喩はそっと目を閉じ、静かに集中する。
思考を深めた先、意識の奥に──“何か”が記録されている気配を感じた。
……ある。
自分が考え、判断し、感じたことが、まるで手帳のように整って、そこに“保存”されている。
「……なんだこれ、まるで……メモ?」
それは唐突な力ではなかった。
きちんと眠り、心を鎮め、集中して考え続けた“蓄積”の末に、ようやく形をなした感覚。譬喩は静かにうなずく。
「第二の脳……ってやつか」
剣の柄を握り直す。世界が、思考の積み重ねに応えてくれた。そんな手応えが、確かにあった。
周囲を見渡し、改めて防壁の確認に向かう。
土は崩れていない。蜘蛛の糸も、足跡もない。敵の気配は皆無。
譬喩は一番外側の石レンガの壁に近づき、壁面に手を置く。
この構造が、敵を内側に入れさせなかったのだ。もはや「線」ではない。「面」として境界を持つ拠点。そう感じた。
水源──以前から気になっていた、その地点を敷地に取り込むべく、新たな壁を形成する。石レンガを積み、返しをつけ、梯子を設置していく。
踏み込んだ瞬間、譬喩は実感する。
「ここが、自分の土地になったんだ……」
拡張した敷地の一角に、水源がある。譬喩はしゃがみ込み、水をひと掬いすくって眺める。
以前、試しに1ブロックだけ植えていた小麦──それが、小さく実っていた。
その小さな収穫は、“農耕”という概念の始まりだった。
石のクワをクラフトし、水源の周囲に小さな畑を耕していく。
小麦の種を、ありったけ蒔いた。均整は取れていない。でも、秩序の始まりがそこにある。
土の感触。水の流れ。種を置く指先。
「次は……苗木でも試してみるか」
じゃがいもも、ニンジンもまだ手に入っていない。だが次の展望が自然と浮かんでくる。
──クワを持つ自分に、ふと気づいた。
「……斧でも、剣でもなく、クワを持って立ってるなんてな」
思わず笑ってしまう。でも、悪くないと思った。
少しずつ、この世界との“関係の持ち方”が変わってきている気がする。
畑の向こうに広がる、まだ何もない土地を見つめながら、譬喩は思索をめぐらせる。
次は何を作るか。何を守るか。そして──何を耕すか。
──この世界に、種を蒔いたのは、たぶん、希望じゃなくて、覚悟だったんだ。
