【マインクラフト異世界譚】〜無価値からの人生変革〜.9
【マインクラフト異世界譚】〜無価値からの人生変革〜
第九章:「眠りの代償」
──夜は、まだ終わっていなかった。
空には星が散り、風は冷たく、草葉のざわめきが耳の奥に忍び込んでくる。
譬喩は、じっと石レンガの壁を見つめていた。
昼に築いた四方の防壁──それを、さらに強化しなければならない。そう直感した。
石レンガをイベントリに溜め込み、壁の四面にそれぞれ四ブロックの高さで積み上げていく。
無骨で重い作業だが、背後に夜の気配を感じるほど、心は静まり返っていた。
──守らなければ、眠れない。
蜘蛛への対策として、返しを作る。
壁の上部外側に、逆L字のひさしを加えるように石レンガを突き出す。
そのまま梯子をクラフトし、壁の内側から上部へと登れるようにする。
登っては設置し、降りては組み直す。
視界の先には闇しかない。それでも、譬喩は黙々と手を動かしていた。
しばらくして、拠点の周囲の警戒を一通り終える。
──そろそろ、眠れるかもしれない。
心のどこかでそう思った。
正方形の建物の一角に、ベッドを守るように壁を作り、銅の扉を設置する。
石レンガで囲まれた小さな“寝室”の完成。
小さな空間の中に、ささやかな温もりがあった。
譬喩は深く息を吐くと、ベッドへ近づいた。
手を伸ばし、ゆっくりと体を預ける。視界が揺れ、光と影が交錯する。
──ほんの少しだけ、目を閉じよう。
──朝が来た。
光が、再び世界を塗り替える。
譬喩はゆっくりと目を覚ました。眠りは深く、穏やかだった。
……回復している。
指先まで血が巡っているような感覚。思考は明瞭、視界は冴えていた。
身体の中心に一本、芯が通ったような感覚があった。
けれど。
外へ出た瞬間、心臓がひとつ、大きく跳ねた。
──土が、抉れている。
建物のすぐそば。斜面が一部、大きくえぐられたように崩れていた。
周囲には焦げ跡。形状からして、クリーパーの爆発だとすぐに分かった。
ほかにも──
木の上に、白く光る蜘蛛の糸。
地面には踏み荒らされた足跡。不規則な歩幅。深さの違う踏みしめ。
ゾンビ。スケルトン。そして……何かもっと、得体の知れないものの痕跡があった。
譬喩はその場に立ち尽くした。
眠っていた間、何があったのか──彼には何も知らされていなかったのだ。
──自分が見ていなかった間にも、世界は動いていた。
石の壁で囲い、松明で照らし、防いだ。
だが、それは“知らなかっただけ”かもしれない。
達成感と微かな不安が、同じ温度で胸に居座っていた。
損壊箇所をひとつずつ確認しながら、譬喩は決めた。
防衛の再設計が必要だ。
ただ囲うだけでは足りない。
敵がどこから来て、どこまで近づいたかを、もっと正確に把握する方法がいる。
視認。反応。迎撃。
拠点を「暮らす場所」とするなら、それは防衛の“日常化”でもあった。
彼は壁の一角に、簡易的な見張り台を設けた。
高さ二マス。壁の上に張り出した小さな床。
そこに立つと、見える範囲が劇的に変わった。
遠くの木々。斜面の陰。岩の裂け目。
それぞれが“潜伏”の可能性を孕んでいた。
耳を澄ませ、風の流れを読み、足元の音にも意識を向ける。
蜘蛛の糸を見つけたとき、譬喩は一歩踏み出す。
──これは作業じゃない。生きる戦略だ。
防壁のさらに外側、数ブロック離れた地点へと足を運ぶ。
そこにも、新たな石レンガの壁を積み始めた。
高さ四、返し付き。内と外を隔てる、二重の防衛線。
これが機能すれば、より広い土地を安全に確保できる。
畑。水源。飼育場。倉庫。
夢が、構造になっていく。
だが──
ふと、地面の焦げ跡を見て、譬喩は足を止めた。
脳裏に浮かんだのは、“理想の村”の姿と、そこに落ちた火の跡。
──こんな世界で、本当に村なんて作れるのか?
心の底に、一瞬だけ冷たいものが流れた。
けれどそれでも、手は止まらない。
小さな違和感を抱えながらも、譬喩は石レンガを積み上げ続けた。
再び、夜が近づく。
空の色が、青から深い紺に変わっていく。
壁の上から見下ろした世界は、静かで、美しくて、どこまでも恐ろしい。
譬喩はベッドの前に立ち尽くした。
昨夜、初めて眠れた。守り抜いた。生き延びた。
……ならば、今夜も
「……また、眠っていいのか?」
問いは、誰に向けたものでもなかった。
けれど、その答えを出すのは──譬喩自身しかいなかった。
そして彼は、意志を込めて、ゆっくりと目を閉じた。
──この世界で、眠ることは、希望の代わりに“責任”を背負うことなのかもしれない。
