【マインクラフト異世界譚】〜無価値からの人生変革〜.3
【マインクラフト異世界譚】〜無価値からの人生変革〜
第三章:この世界は確かに現実だった。
譬喩は、地面にしゃがみ込んだ。
草の匂いがする。目の前のブロック――いや、“土”は、規則正しく立方体を成している。けれど、粒子は粗く、手触りは妙にザラついていた。
そこに、現実味があった。
「……試してみるか」
右手を握りしめて、そっと拳で土を叩いた。
トン、と鈍い音。乾いた振動が掌から肘へ抜けた。
ゲームの中であれば、数秒殴ればブロックが崩れるはずだ。
譬喩はもう一度、強めに拳を落とした。トン、トン、トン――
小さなひび割れ。さらに叩く。拳に衝撃。皮膚が擦れて熱を帯びる。
何十回も繰り返した末、ようやく土ブロックが崩れた。茶色い粒子が霧のように舞い、手元に何かが滑り込む感触。
見下ろすと、自分の足元に「1 土」が表示された。
「……インベントリに、入った?」
まるで錯覚のように、譬喩の視界の端に半透明の枠組みが浮かび上がる。
四角い格子。そこに「土」のアイコンが収まっていた。
念じると、それがくっきりと表示された。まるでホログラムのように、彼の前に広がる。
「これが、UIか……」
息を呑んだ。
触れられるのに、触れられない。けれど、確かに操作できる。
頭の中に指先を通すような感覚で、土のブロックを動かすことができる。
次は、木だった。
近くのシラカバに歩み寄り、手を伸ばす。
目の前の幹に拳を当てる。迷いがあったが、意を決して叩く。
ドン。
木の表面に、わずかにささくれが走る。
再びドン。今度は衝撃が指の骨にまで響く。痛い。痛い。
――ゲームなら、こんなはずじゃない。
だが、繰り返すうちに、じわじわと木材が削られていく。
ひびが入る。汗が流れる。呼吸が荒くなる。
やがて、木が砕け落ち、原木としてインベントリに収まった。
「できる。……けど、現実と同じで、クソ疲れる」
息が上がっていた。手のひらには赤く打撲のような跡がある。
背中に汗が滲み、空腹感がじんわりと広がっていく。
胃が重い。脇腹が鈍く痛む。脱力感。
これが、「空腹」の感覚だった。
「……そうか、死ねる世界なんだな」
自嘲のように、独白が漏れる。
だが、同時に思う。
この世界は、ただの模倣じゃない。生きている人間に“生きている感覚”を与えてくる。
石を殴ってみた。
拳が弾かれる。まるで鉄板のようだ。
5回も打ち込めば、骨の軋む音が脳内に響く。ヒビは入っても、壊れない。
当然、アイテムとしても回収できない。
「道具が、要るってことか」
そのとき。譬喩の意識に、またしてもイメージの重なりが起きる。
ゲーム中の操作感――「クラフト」の手順が、思考の中に自然に浮かび上がった。
(原木→木材→作業台……)
念じると、画面が切り替わった。クラフト画面。
指先を動かすように、原木を木材に変換する。
四枚の木材を配置し、作業台をクラフト。
目の前に、作業台の立方体が出現した。地面に置くと、カコンという音と共に設置される。
「……マジで、できるのかよ」
譬喩は笑った。
半ば呆れて、半ば感動していた。
これほど汗をかいて、息を切らして、身体中が痛くて。
それでも、目の前のこの世界は「操作できる世界」だった。
「“現実と同じ”で、“現実よりも素直”だな」
ルールがある。痛みがある。疲労がある。
でも、行動に対して結果が返ってくる。
ただそれだけで、譬喩にとっては現実よりも誠実な世界だった。
作業台の前で、彼はひとつ深く息を吐いた。
「さて――次は、どれだけ“使えるか”だな」
譬喩の視線は、森の奥へ向かっていた。
夕日が、わずかに角度を変えて傾き始めている。
時間の制限がある。
そして、この世界には“夜”が来る。
――夜が来る前に、もう一つ、試しておきたいことがある。
