OpenAIの陰に隠れた「もう一つのソフトバンク」——ビジョン・ファンドの実像。「OpenAI一本足ではない」は、本当か?
プロローグ:見出しの外に、100社を超える帝国がある
ソフトバンクグループのニュースを開くと、そこにあるのは、ほぼOpenAIの話です。8,520億ドルの評価額。10兆円の出資。上場はいつか。——たしかに、いまのソフトバンクを語るうえで、OpenAIは避けて通れません。
でも、ニュースの見出しを少しスクロールして、その奥を覗いてみると、まったく別の風景が広がっています。韓国のネット通販大手。アメリカの倉庫ロボット企業。中国の動画アプリの巨人。インドのメガネ屋。北欧の後払い決済。日本のQRコード決済……。ソフトバンクが「ビジョン・ファンド」を通じて投資してきた企業は、累計で100社をゆうに超え、これまでに上場まで漕ぎ着けた投資先だけで、累計62件にのぼります。
つまり、世間が「OpenAIの会社」として見ているソフトバンクの裏側には、世界中に張り巡らされた、もう一つの巨大な投資帝国が存在するのです。
この事実は、ある重要な問いにつながります。
ソフトバンクの財務責任者である後藤芳光CFOは、決算説明会で投資家から「OpenAIに賭けすぎではないか」と問われるたびに、こう答えてきました。「決してOpenAI一本足ではない」と。世界中に分散した、ぶ厚いポートフォリオがある。だから、OpenAI一社の浮き沈みに、会社全体の命運が握られているわけではない——と。
——では、その「OpenAI一本足ではない」という主張は、本当なのでしょうか?
この記事は、その問いを、徹底的に検証する“調査型”の一本です。OpenAIという巨星の陰に隠れて、ほとんど誰も真面目に語らない「もう一つのソフトバンク」、すなわちビジョン・ファンドの実像に、光を当てます。
先に言っておくと、答えは「イエス」でも「ノー」でもありません。もっと面白い、もっと厄介な、その中間にあります。ぶ厚いポートフォリオは、確かに「ある」。でも、その中身をよく見ると、ある一本の木だけが、ほかのすべてを覆い隠すほど、巨大に育っている。「一本足ではない」は嘘ではないけれど、真実の半分しか語っていない。——そういう結論に、私たちはたどり着きます。
前回までの記事(三度の大勝負、2027年の時限爆弾)で、私たちは「OpenAIという賭け」と「それを支える資金繰り」を見てきました。今回はその両方から少し離れて、「OpenAI以外に、ソフトバンクは何を持っているのか」「その分散は、本当に支えになるのか」を、棚卸ししていきます。ここが分かると、ソフトバンクという会社の“本当の重心”が、より立体的に見えてきます。
なお最初にお断りを。本記事は特定銘柄の売買を勧めるものではなく、すべて公開情報にもとづく一個人の分析です。投資判断はご自身の責任で。
まずは、この「もう一つのソフトバンク」がどう生まれ、どん底を味わったのか、その歴史から始めましょう。
第1章:10兆円ファンドの誕生と、奈落——ビジョン・ファンドとは何者か
ソフトバンク・ビジョン・ファンド(以下、ビジョン・ファンド)が産声を上げたのは、2017年。世界を驚かせたのは、その規模でした。総額およそ10兆円。当時、世界のベンチャー投資の常識を、文字どおり一桁も二桁も超える、史上空前の巨大ファンドです。
孫正義の構想は、壮大でした。世界中の有望なテクノロジー企業を、片っ端から、しかも一社あたり数百億〜数千億円という桁違いの金額で買い集める。「群戦略」と呼ばれる、未来の覇者になりそうな企業を“群れ”で押さえる発想です。資金は、ソフトバンク自身に加え、サウジアラビアの政府系ファンド(PIF)やアブダビのムバダラといった、オイルマネーの出し手(外部投資家=LP)からも集めました。これが一号ファンド(SVF1)。後に、ソフトバンク自身の資金を主体とする二号ファンド(SVF2)、中南米に特化したファンドも加わります。
立ち上がりは華々しいものでした。ところが——この巨大ファンドは、ほどなくして、奈落を見ることになります。
前回までの記事で触れた、WeWork。あの2兆円を溶かしたシェアオフィス企業も、ビジョン・ファンドの投資先でした。WeWorkだけではありません。鳴り物入りで投資した数々の企業が、期待ほど伸びず、あるいは赤字を垂れ流し、ファンドの成績を直撃します。極めつけが、2020年。新型コロナの直撃も重なり、ソフトバンクグループは過去最大級となる9,615億円もの最終赤字を計上しました。その主因が、ほかでもないビジョン・ファンドの投資先の不振だったのです。
「目利きの天才」「群戦略の革命」と持ち上げられたファンドが、わずか数年で「孫正義の最大の汚点」とまで言われるようになった。市場は「巨大すぎるファンドは、結局うまく回らないのではないか」と、冷ややかな目を向けました。
——なぜ、この“暗黒時代”の話から始めたのか。理由は二つあります。
一つは、いまの華やかなビジョン・ファンドを語るとき、この奈落を忘れてはいけないから。後で詳しく見ますが、「分散したポートフォリオがあるから安全」という発想は、この2020年の大失敗が、真正面から否定しています。分散していても、まとめて沈むときは沈むのです。
もう一つは、孫正義がこの奈落から、どうやって這い上がったのかが、今のソフトバンクを理解する鍵になるから。彼は、ここから驚異的な復活を遂げます。そしてその復活劇には、ある“仕掛け”がありました。それは第3章で明かします。
まずは、その復活を支えた「ポートフォリオの中身」を、具体的に棚卸ししてみましょう。OpenAI以外に、ソフトバンクは、いったい何を持っているのか。意外と知られていない、その全貌です。
第2章:棚卸し——OpenAI以外に、ソフトバンクは何を持っているのか
「ビジョン・ファンドの投資先を5社挙げてください」と言われて、すぐに答えられる人は、ほとんどいないでしょう。OpenAIの陰に隠れて、個々の投資先は、驚くほど知られていません。そこで、この章では、ソフトバンクが実際に握っている「OpenAI以外の駒」を、具体的に並べてみます。
まず、すでに上場している「公開投資先」から。
代表格が、韓国のネット通販最大手、**Coupang(クーパン)**です。「韓国のアマゾン」とも呼ばれる、ロケット配送で知られる巨大ECで、ビジョン・ファンド一号(SVF1)の中核銘柄。決算でも、Coupangの株価上昇が、ファンドの利益を大きく押し上げた四半期がありました(2026年3月期第1四半期には、SVF1が主にCoupang株の上昇で35億ドル超の投資利益を計上しています)。一方で、Coupangは情報漏洩の問題で一時評価を下げる局面もあり、こうした浮き沈みも含めて、ファンドの成績を左右する重要な存在です。
次に、アメリカのSymbotic(シンボティック)。こちらは倉庫の自動化、つまり物流ロボットの会社で、ビジョン・ファンド二号(SVF2)の主力。「フィジカルAI(AIを積んだロボット)」という、孫正義がいま最も力を入れている分野の、上場済みの代表選手でもあります。
そして三つ目が、日本でおなじみのQRコード決済PayPay。登録ユーザー数はすでに7,300万人を超え、日本の人口の2人に1人以上が使っている計算になる、国内で圧倒的なシェアを持つ決済アプリです。このPayPay、実は本記事の執筆時点ですでに“答え”が出ています。2026年3月12日、米ナスダック市場に新規上場を果たし(ティッカー:PAYP)、公開価格16ドルからスタート。イラン情勢の緊迫化で市場全体が軟調ななかでの上場でしたが、公開価格割れは回避し、2営業日目の終値ベースで時価総額はおよそ121億ドル(約1兆9,000億円)に達しました。ビジョン・ファンド2にとっての投資額は18億6,500万ドル、上場後の時価は41億1,500万ドルで、グロス倍率(MOIC)にして2.2倍です。「OpenAI以外の大型上場が、分散の実力を測る答え合わせになる」——後述する第6章で掘り下げる問いに、PayPayはひと足先に、一つの答えを出した格好です。
ほかにも、過去には料理宅配のDoorDashや配車のGrabなど、私たちの生活に身近なサービスの裏にも、ビジョン・ファンドの資本が入ってきました。
そして、ここからが本当に面白い。まだ上場していない、未上場の「レイトステージ投資先」——つまり、これから上場すれば大化けする可能性のある、隠れた“原石”たちです。
筆頭は、ByteDance(バイトダンス)。あの動画アプリTikTokを運営する、中国発の巨大企業です。未上場ながら、その企業価値は数千億ドル規模とされ、OpenAIに次ぐ、ソフトバンクの未上場の超大型保有先の一つ。ただし、ここには他の原石にはない固有のリスクもあります。TikTokの米国事業は、2026年1月、安全保障を理由とする米国政府の圧力を受けて、Oracle陣営が主導する新会社(TikTok USDS Joint Venture)へと再編され、ByteDanceの持分は19.9%まで切り下げられました。前々回の記事でソフトバンクがアリババ株を全て売却した理由として触れた「チャイナリスク」と、根っこは同じ種類のリスクです。ByteDance本体の上場を考えるうえでも、この壁は無視できません。
ほかにも、北欧発の後払い決済Klarna(クラルナ)、イギリスのデジタル銀行Revolut(レボリュート)、インドのメガネEC・Lenskart(レンズカート)、同じくインドのEC・Meesho(ミーショー)。いずれも将来の上場が取り沙汰される、ソフトバンクの“隠し玉”です。
これらの未上場原石は、続々と実を結び始めています。2026年3月期(2025年4月〜2026年3月)だけでも、インドのLenskartとMeeshoの新規上場に加え、PayPay自身も上場を果たしました。ビジョン・ファンドの累計IPO件数は、Lenskart・Meeshoが上場した2025年10〜12月期(第3四半期)の時点でまず60件に到達し、2026年3月末の期末時点では62件まで積み上がっています。特にLenskartは、投じた資金に対しておよそ4.8倍という、見事なリターン(グロスMOIC)を記録しています。
こうして並べてみると、どうでしょう。「ソフトバンク=OpenAIの会社」という見出しのイメージとは、ずいぶん違う風景が見えてきませんか。韓国のEC、アメリカの物流ロボット、日本のQR決済、中国の動画、北欧の決済、インドのEC——文字どおり世界中に、業種もバラバラに、ぶ厚く分散した投資帝国が、確かに存在している。後藤CFOが「一本足ではない」と言うのも、決して口から出まかせではないのです。
——ただ。この棚卸しには、まだ続きがあります。これらの駒の「数」ではなく「重さ」を測り始めると、まったく違う真実が顔を出す。その前に、孫正義がどん底からどう復活したのか、その“仕掛け”を見ておきましょう。次の章です。
第3章:復活劇と、その「仕掛け」——戻ってきたファンドの、本当のエンジン
2020年に奈落を見たビジョン・ファンドは、その後、見事に息を吹き返します。
きっかけの一つは、公開投資先の回復でした。2026年3月期の第1四半期(2025年4〜6月)を見ると、ビジョン・ファンド事業の投資損益は、50億ドルを超える大幅な利益。中身を見ると、一号ファンドは韓国Coupangの株価上昇などで35億ドル超、二号ファンドは物流ロボットSymboticの上昇などで7億ドル超、中南米ファンドも6億ドル超の利益を稼ぎました。後藤CFOは「順調な回復で、非常に良い四半期だった」と胸を張りました。かつての汚点だったファンドが、堂々と利益を生む存在に戻ってきた——表向きには、そういう物語です。
でも、この復活劇には、表からは見えにくい「仕掛け」がありました。
ソフトバンクのOpenAIへの投資は、もともと2024年9月以降、ビジョン・ファンド2(SVF2)を通じて直接積み増されてきたものです。それとは別に、持株会社であるソフトバンクグループ本体が結んでいた「OpenAIフォワード契約」という、もう一つの権利がありました。ソフトバンクはこの契約を、2025年12月の出資完了までにSVF2へ移管したのです。後藤CFOは、その理由を「OpenAIは上場の可能性があり、ソフトバンクにとってマイノリティ(少数株主)投資であることから、ファンドで整理するのが適切と判断した」と説明しています。理屈は理屈として、結果として何が起きたか。移管が合意されてから完了するまでの期間に生じた、この契約の公正価値の増加分が、丸ごとビジョン・ファンドの投資損益として計上されることになったのです。持株会社の含み益だったはずのものが、“ビジョン・ファンドの成果”として数字に乗った——これが「仕掛け」の正体です。
これが、何を意味するか。ビジョン・ファンドの「華やかな復活」を演出した利益の、相当部分が、実はOpenAIの評価額上昇によるものだった、ということです。実際、ビジョン・ファンドは2026年3月までの1年間で、主にOpenAIの公正価値の上昇によって、およそ460億ドルもの投資利益を記録しています(ビジョン・ファンド全体の活動開始来累計投資利益は2026年3月末で45.7億ドルとなり、前年度末からの一年間だけで46.2億ドル積み上がった計算です)。
つまり——「分散したビジョン・ファンドが、自力で復活した」という物語は、半分正しくて、半分は違う。CoupangやSymboticといった分散投資先の回復は本物です。でも、ファンド全体を劇的に押し上げた最大のエンジンは、やはりOpenAIだった。「もう一つのソフトバンク」の輝きすら、よく見ると、OpenAIの光に照らされている部分が、かなり大きいのです。
この事実は、いよいよ次の章の核心的な問い——「OpenAI一本足ではない、は本当か?」——に、まっすぐつながっていきます。
第4章:検証——「OpenAI一本足ではない」は、本当か?
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