【掌編小説】似ている
「結花! 一緒にかえろー」
バイオリンのレッスンが終わり音楽教室の建物を出ると、後ろから結衣が追いかけてきた。
「発表会の曲決まった?」
「うん、カプリチオーソ。結衣は?」
「ガヴォットになった。超有名過ぎて間違ったらすぐバレちゃうー」
「ああ、王道だね」
この音楽教室で知り合った結衣は、名前の響きや使われている漢字も手伝って、自分にどことなく似ていると結花は感じていた。髪の長さも同じくらいで、肩より少し下のストレートだ。並んでいると「姉妹みたいだね」とレッスンの講師にも言われたことがある。
違うのは、結花がバイオリンを習い始めて十二年が経つのに、結衣はまだ半年程度だということだ。
「発表会って衣装も自分で準備するの? 私ステージに立てるようなドレスとか持ってないよ」
「ドレスじゃなくても、綺麗目のワンピースとかで大丈夫だよ。それにレンタルもあるし」
「結花はどうしてるの?」
「ウチはお母さんがやたら張り切って買ってきちゃうから」
「えーすごい! 結花のお母さん気合入ってるねー」
隣で屈託なく笑う結衣の演奏を初めてちゃんと聞いたのは、一か月前だった。
たまたま自分のレッスンの前の生徒が結衣だった。本来のレッスン日に行けなくなってしまって振替で入れてもらったのだ。
レッスン部屋の外のベンチで本を読みながら待っていると、ドアの外までその音色が聞こえてきた。
決して「上手い」とは言えないその演奏に、結花は鳥肌が立った。
音程は外れているところもあるし、難しい箇所では明らかにペースが落ちる。弓も、ところどころもつれているのがわかる。それでも、芯のある強く揺るがない音が結花を驚かせた。
これが習い出して半年しか経っていない人間が出す音なのか。
結花はベンチから立ち上がり、ドアについている小窓からそっと中の様子を見る。講師が真剣な表情で「そこ、もう一度」と結衣に躓いたところを何度も繰り返させている。
結花にもわかる。何度も繰り返すうちに、結衣の音はどんどん磨かれていく。結衣はこの瞬間、結花の目の前で、爆発的な成長を遂げている。
結衣が、結花の積み上げてきた十二年をあっという間に駆け上がり、そこまで迫ってきているような気さえする。
結花は首筋に汗が流れたのがわかった。その感触に、肌が侵食されていくような感覚を持った。
「発表会、上手くできるかなー」
ドキドキするね、とこちらを向いて話しかけてくる結衣に、苛ついた。
「でもガヴォットって、初心者向けだから超簡単だよ」
自分の声に異物が混ざった気がした。「普通にやってれば誰でも弾けるようになる曲だし」
沈黙が落ちる。結衣が下を向いて両手を前で組んだ。指先を細かく動かして弄んでいる。
「……だよねー」
結衣は顔を上げて笑った。唇がわずかに引き攣っている。
「結花はもう、カプリチオーソ弾けるんだもんね?」
歪なその顔さえも、自分に似ていることに気づいてしまった。
