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日中相互不信のメカニズム(1):反日の深層

 日中にとっての戦後80年は、憎悪渦巻く波乱の幕開けでした。


終わらない「歴史」の呪縛

 戦後80年の節目、2025年9月3日に中国で行われる「抗日戦争・抗ファシズム戦争勝利80周年記念式典」は過去最大級のイベントになる見通しです。中国政府が主催するこのイベントは盛大な軍事パレードが行われるなど、その色彩は軍事大国主義そのものです。

中国北京市の天安門広場周辺で23日夕方から24日未明にかけて、9月3日の抗日戦争勝利80年記念行事に向けた最終リハーサルが実施された。軍事パレードの予行演習も行われた。国営メディアが24日伝えた。リハーサルは8月に入り3回目。

(出典:中国で抗日戦争勝利80年記念行事の最終リハ開催 天安門周辺、軍事パレード予行演習も,産経新聞電磁版,2025.8.24., https://www.sankei.com/article/20250824-UTKDO22K3FP4ZB6N5CBJTADBAE/)

 特に今回は習近平国家主席が7月7日に、共産党軍による最大規模の抗日戦「百団大戦」にゆかりのある山西省陽泉市へ訪れており、自ら9月3日のイベントへの機運を盛り上げております。そのため日本大使館は在中法人に対して「周囲に聞こえる声で日本語を話さない」ように通達しております。昨年の2024年11月15日の日中首脳会談では「建設的かつ安定的な関係」を構築すると言っていただけに、日中関係改善の風潮がいかに幻想であったかを物語っております。

 左翼界隈の人ならば「中国の反日感情は日本が戦争責任に向き合わないからだ」と主張するかもしれません。しかし第二次世界大戦後、日本は中国に対して外交の場で何度も謝罪し、賠償の代わりに長期間にわたる政府開発援助(ODA)を行っております。にもかかわらず、中国では日本を非難する主張は弱まるどころか、逆に強まっております。

 彼らはどうしていつまでも過去の歴史を問題にし続けるのでしょうか。実はそこには単なる歴史的なトラウマや、感情を超えた中国の統治システムにかかわる問題が深く関わっているのです。今回は日中相互不信の原因となる中国の反日の深層について、皆さんに解説したいと思います。

反日キャンペーンの源流

 中華人民共和国が建国されたのは1949年10月1日、天安門広場で毛沢東が宣言したことで成立しました。意外な事実を申し上げれば、毛沢東体制の1950年から1976年までの間、抗日戦争に関わる国内イベントは一切行われておりません[1]。その理由は日中戦争において抗日戦を行った主体は国民党政府であり、対日戦勝も国民党の功績と認識していたからです。当時、共産党は国民党と共闘関係にありましたが、毛沢東は党勢拡大に多くのリソースを注ぐよう指導しておりました。先述の百団大戦は事実上毛沢東の意向に反して行われたもので、後日彼は作戦を指揮した彭徳懐を強く批判しております。

 つまり中国の反日感情の高まりは「後発的」なものであることがわかります。もちろん中国人民達の中で、日中戦争による歴史的トラウマがないかといえば、そうではないでしょう。しかしながら日中国交正常化以降、日本は一貫して平和主義国として、中国を含めた周辺国との経済協力と文化交流に勤しんできました。それにもかかわらず、中国は日本非難を強め、軍事的圧力をかけるまでに至っております。

 では誰が何の目的で中国の反日イベントを始めたのでしょうか?この章では中国の反日の3つの源流について解説していきます。

源流その1:始まりは江沢民の出自

 抗日戦勝イベントを最初に始めたのは、1989年に党総書記として抜擢された江沢民氏です。彼は就任後、中国全土での愛国主義教育を強化し、特に抗日戦争における日本の戦争犯罪(南京大虐殺、三光作戦、万人抗、731部隊)を強調する記述を教科書に多く盛り込みます。ジャーナリストの古森義久氏が北京駐在時に、中国の教科書を調査しましたが、その指導要領に衝撃を受けたそうです。

中学生用「中国歴史第四巻」の学習指導要領は日中全面戦争の歴史を教える目的として教師に対し「生徒に日本帝国主義の侵略犯罪への強烈な憎しみと恨みを触発させよ」と命じていた。中国の若者に対する日本は過去の軍事行動だけが特徴であり、日本側への憎しみと恨みを激しく抱かせるように教育せよ、という国家の方針なのだった。

(出典:古森義久,日中関係の再考 その10(最終回) 厳しい現実への覚悟を,Japan in-depth,2024.8.29., https://japan-indepth.jp/?p=84072)

 また江沢民は戦争紀年館の整備も大々的に推進し、抗日戦争にゆかりのある場所に次々と反日記念館を建設します。そして「抗日戦争勝利50周年」に当たる1995年9月3日に盛大な記念式典を開催します。その3年後の1998年には、江沢民が国家主席として初めて来日しますが、この時も彼は日本非難に終始し、天皇主催の宮中晩餐会においても、遠慮のない批判演説を展開します。

 なぜ江沢民はここまで日本非難に力を入れたのでしょうか?それは彼の出自が大きく関係していると、中国問題グローバル研究所の遠藤誉氏は指摘しております。

江沢民の実父は、日中戦争時代、日本の傀儡政権であった汪兆銘政権管轄下にあった「ジェスフィールド76号」(通称:76号)という特務機関の官吏だった。だから金持ちの家で育っただけあって、江沢民はピアノも弾ければダンスもできる。酒が入れば炭坑節だって歌い出す。

(出典:遠藤誉,抗日戦勝記念式典は、いつから強化されたのか?,yahooニュースエキスパート,2015.8.26., https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/4a7d43670b8dfcb2784b4ccffad5eb661f03dd6c)

 中国に限らず、公人にとって出自が重大な問題になることは多々あります。例えば韓国の第18代目大統領の朴槿恵氏は、父親の朴正熙元大統領が日本と関りが深かったことから、就任後間もなく慰安婦問題に固執し、日韓関係を停滞させた経緯があります。
 汪兆銘政権は日中戦争においては「裏切り者」と見なされており、江沢民氏にとっては政治生命の危機でした。だからこそ、徹底した反日政策と対日非難を行うことで「自分は正統な中華人民共和国の指導者である」ことを内外に示そうとしたのです。

源流その2:天安門事件後の国際的孤立打破

 自らの出自から反日キャンペーンを始めた江沢民でしたが、それは中国が歴史問題に固執する背景のごく一部にすぎません。実は彼が指導者に就いた頃の中国は、ある重大な危機に直面していました。それは六四天安門事件です。この事件は改革派だった胡耀邦の死を悼んだ学生たちが、天安門に集まって民主化運動をしたところを軍に弾圧されたもので、国際的な非難を浴びた中国は孤立していました。

 その時中国を救ったのが外ならぬ日本でした。当時の宇野首相はアルシュ・サミットで「中国の孤立はさせない」と主張し、対中非難声明を修正させる融和姿勢を取ります。その後後継の海部首相が訪中して関係改善を進め、1992年には天皇訪中が実現します。結果、欧米の制裁は解除され中国は孤立から脱することができました。

 しかし中国は歴史問題で日本を強く非難します。その真意は中国の戦略的な思惑があったと、国際関係論を研究している北野幸伯氏は言います。彼は中国が孤立から脱するためにアメリカのクリントン政権に親中派を形成し、お人よしの日本にも融和させるよう工作したと指摘した上で、次のように述べております。

天安門事件後、「世界一の巨悪」は中国でした。中国は、「天皇陛下訪中」と「クリントンクーデター」で、この危機をなんとか乗り切った。その後、「南京大虐殺」や「従軍慰安婦問題」を盛り上げ「日本悪魔化プロパガンダ」を強力に推し進めることで、中国を相対善にしたのです。そして、この作戦は、大成功しました。

(出典:天安門事件で地に落ちた信用を取り戻すために「天皇訪中」を利用。なぜ窮地を逃れた中国は“日本悪魔化プロパガンダ”を始めたのか?,ロシア経済ジャーナル,2024.6.9., https://www.mag2.com/p/news/600877)

 これはいわゆる「ディスカウントジャパン」戦略と呼ばれており、韓国がよく使う手です。日本の戦争犯罪を追及することで、国際社会における日本の評判を下げると同時に、自国を道徳的優位な立場へ導こうとするものです。事実、中国は天安門事件を矮小化させ、国際社会での批判を躱すことに成功します。

源流その3:権力維持のための「愛国心」醸成

 3つ目に指摘されているのは共産党政権の権力維持のために「反日」が使われたことです。それには国家の「正当性」大きく関係しております。簡単に言うと国民が「納得する」形で個人や集団が政治的な力を得る方法です。アメリカの場合は大統領選挙、日本の場合は選挙に加え、天皇の儀礼的任命で内閣が正当性を得ます。

 中国の正当性は国共内戦で勝利した毛沢東の戦績から始まりました。「政権は銃口から生まれる」を実行した彼は、その裏付けとして共産主義(毛沢東思想)を活用します。特に毛沢東語録は世界で最も多く出版された本であり、その影響力は絶大でした。彼が抗日戦勝イベントに関心を示さなかったのは、自身の戦績と思想だけで権力維持に十分だったからとも解釈できます。

 しかしそれは持続可能なものではありませんでした。大躍進政策の失敗と、文化大革命の教訓から、共産党は鄧小平の指導で改革開放へ舵を切り、経済成長で政権の正当性を確保しようとします。ただ、東欧の共産諸国が民主化へ向かうにしたがって、中国でも民主化を希求する動きが出ており、それが天安門事件に繋がったのです。つまりここに置いて彼らは共産主義に代わる新たなイデオロギーが必要になりました。

 それが愛国心の醸成であり、日本の戦争犯罪を追及する反日政策だったのです。例えば有名な南京虐殺紀年館は鄧小平の指示によって1985年に建立されました。また中国を代表する「中国人民抗日戦争紀年館」は習近平氏の父、習仲勲の指示によって1987年に開館しました。このように中国の反日政策は、江沢民の出自や国際的孤立の打破、鄧小平達の思惑が絡む、複雑な背景によって強く推し進められたのです。

反日イデオロギーの深化

 国際的孤立と政治的危機を乗り切った中国は、高度経済成長とともに世界の大国へのし上がります。一方日本では数十年にわたる経済低迷に置かれつつも、中国へのODAは2021年まで続きます。たびたび政治的な摩擦は起きつつも、日本では中国への融和を掲げる政権が台頭し、文化交流を積極的に進めることで相互理解を進め、日中関係は安泰へ向かうかと思われました。

 しかしそうはなりませんでした。きっかけは2010年の尖閣諸島沖で起こった中国漁船による衝突事件です。この事件を境に日中関係は悪化し、中国は日本へのレアアース輸出を停止するなど強硬手段に出ます。中国国内でも反日感情が再加熱し、各地で反日デモが行われました。

 当時の日本では「中国では独裁体制に人民の不満がたまっているからそのガス抜きをしているだけだ」と軽く見ていました。でもそれは甘い見通しでした。なぜならこれは経済成長で転換期を迎えた彼らが、反日イデオロギーを深化させる序章にすぎなかったからです。

経済的成功からナショナリズムへ

 前章で申し上げた通り、共産主義政策で行き詰った中国共産党は改革開放政策へ舵を切り、日本やアメリカの投資と技術転移を受けて世界の工場へ成り上ります。彼らにとって権力の維持の中心はあくまで経済成長であり、時折日本との歴史問題を内燃させるものの、あくまでそれは外交カードであるとともに、悪いのは日本の軍国主義者であって日本国民は関係ないという立場でした。

 しかしそれは徐々に変容していくこととなります。その背景は中国高度経済成長の終焉にあります。その兆候は2012年からすでに表れていました。それまで好調だった成長率が13年ぶりに8%を下回ったのです。2013年に発足したばかりの習近平政権が向き合った課題がまさにこれであり、一帯一路構想やアジアインフラ投資銀行(AIIB)を設立した背景でもあります。

 そして習近平氏や彼を取り巻く指導層は、経済成長に代わる正当性を模索していた可能性があります。その解答こそ「中華民族の偉大なる復興」というスローガンにあります。当時これをニュースで見た筆者は「これは危険な兆候だ」と確信しました。それは単なるロマンなどではなく、経済成長以外に中国共産党政権が新たな拠り所とする「ナショナリズム」への転換を意味するものだったのです。

 その最たるものが、今から10年前の2015年に開催された「抗日戦争・抗ファシズム戦争勝利70周年記念」でしょう。このイベントにおいて中国政府は、初めて大規模な軍事パレードを実施しました。

中国政府は3日、北京の天安門広場で「抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年」を記念した大規模な軍事パレードを開催した。習近平国家主席は冒頭のあいさつで、日本の「侵攻に対して、強く絶え間なく戦った中国の人民」を称えると共に、将来的に人民解放軍の人員を30万人削減すると表明したが、具体的な時期は明示しなかった。

(出典:中国で大規模軍事パレード、抗日戦争70周年記念,BBCニュース日本語版,2015.9.3., https://www.bbc.com/japanese/34136088)

 それまで建国記念日に限定されていたパレードがこの日に実施されたことで、抗日戦争は中国共産党にとって「神話」のようなものになりました。反日イデオロギーが権力構造を支える重要な柱となったのです。それは2022年に表面化することとなる中国経済失速への予防線になるとともに、日中関係をさらに不安定化させる要因となりました。

反日の大衆化:愛国無罪の社会へ

 中国において結社やデモ活動に関する「自由」は憲法で保証されていますが、共産党指導下であることが前提なため、厳しく制限されているのが実態です。近年ではインターネットの検閲も強化され、民主活動家の運動は完全に封じられた状態にあります。

 一方で中国人民が制限なくデモ活動の権利を行使できる機会があります。それが章の冒頭で触れた反日デモです。この運動は衝突事件が起こった2010年、日本政府が尖閣諸島の国有化を決めた2012年に中国全土へ広がり、ついには現地の日系企業への破壊活動へと発展しました。その背景は江沢民が始めた愛国教育(反日教育)が土台となっており、中国政府が反日活動を容認したことにあります。俗にいう「愛国無罪」という言葉はすでに2005年の反日デモでも散見されましたが、これがより大衆心理として根付いていることが浮き彫りとなりました。

 そしてこの愛国無罪はとある業界で大いに翼を広げることとなります。それは映画やドラマの制作業界です。言論の自由が無い中国は映画の製作さえ検閲の対象であり、少しでも政府に都合が悪いと見なされれば上映を禁止されてしまいます。しかし反日を題材とする内容であれば規制は緩く、制作会社はこぞって反日作品を量産し続けました。

中国の映画評論家からは、他の多くの題材が検閲によって使用禁止となっているため、観客や広告の獲得競争が激しい映画市場では、戦争を題材にする作品が多数を占めることは当然だとの声が上がっている。
文化評論家で上海の同済大学教授のZhu Dake氏は、「制限がないのは反日テーマだけだ」と強調。「テレビ番組の制作者らは反日テーマを通してのみ、愛国的な視聴者から自分たちが称賛されると思っている」と述べた。

(出典:特別リポート:中国で反日映画が大量生産される理由,ロイター通信日本語版,2013.5.27., https://jp.reuters.com/article/world/-idUSTYE94Q04M/)

 こうした愛国無罪改め反日なら何でもありの風潮は、中国社会に深く根を下ろすことになります。その真意は日本への敵意を煽ることで国民の不満を外へ向けさせ、ナショナリズムによって政権の正統性を維持しようとした習近平政権の思惑があるのです。

日中関係を蝕む「エンタメ化した反日」

 ここまで解説を読んでいただいた皆さんの中には、「原因は日本の侵略にあるのだから、相手の気が済むまでやらせればいい。日本はひたすらに謝罪を繰り返して、文化交流を重ねれば、いつかきっとわかってくれる」と思う人もいらっしゃることでしょう。

 しかし、今でさえ歴史関連の日は在中邦人が息を潜めなければならないこの状況。今後さらにひどくなる可能性がある、と言ったらどうでしょう?ここからは反日感情が歴史問題を超えて現代中国に深く浸透し、エンターテイメントとして再生産されていく現状をご紹介します。

SNSで広がる反日デマ

 反日なら何でもありの映画やドラマの量産は、中国社会にとって主要なエンターテイメントの一つになりました。創作の中で日本兵は体のいいヤラレ役となり、勧善懲悪のストーリーで常にボコボコになります。酷いときはカンフーの達人が日本兵を真っ二つにするなど、非現実的な活劇も作られるほどで、中国共産党青年団の機関紙が苦言を呈したほどです。一見笑い話になりそうな話題ですが、この「エンタメ化した反日」は徐々に現実の日中関係を蝕むようになっていきます。

 その極致というべき例が2024年9月18日の朝、中国のハイテク都市、深圳市で起きた日本人男児刺殺事件でしょう。

中国南部・広東省深圳市で18日朝、深圳日本人学校に通う日本人男児(10)が刃物で刺された。在広州日本総領事館は19日、同日未明に男児が死亡したと明らかにした。
現地警察によると、男性容疑者(44)がその場で逮捕された。

(出典:中国で日本人学校の男児刺され死亡 広東省深圳市,BBCニュース日本語版,2024.9.19., https://www.bbc.com/japanese/articles/cy78kxvzvv4o)

 同年6月に蘇州市にて日本人母子が襲撃される事件が起こっていただけに、大きな衝撃と怒りを感じた日本国民は少なくありません。ただ中国の反日教育を知っていた筆者としては、起こるべくして起きた事件、という認識が強いです。むしろそれ以上に憂慮すべき点が、その背後で「日本人学校はスパイ養成所」というデマが拡散されたことです。

 これまで中国の反日感情はあくまで「歴史的トラウマ」を強調するために、過去の日本の侵略や戦争犯罪に焦点を置いていました。反日ドラマで登場する悪役も昔の日本兵です。しかし、最近の中国社会では過去だけでなく、現代の日本人もヘイトの対象にし始めております。そしてその第一ターゲットが日本人学校だったのです。

 発端となったとみられるのは、11月上旬ごろから中国のネット空間で増えている、日本人学校を標的にした文章だ。多くは個人が書いたものとみられるが、いくつかの共通点が見受けられる。
 たとえば、生徒が日本人であることに対し「中国人は入れず、中国教育部門の管理を受けない。敵国の住民を中国の重要な地域に住ませておいて、中国の安全に影響はないのか」などと煽る。さらに「突撃検査」を呼びかけたり、「賛成するならばコメント欄に『排除』の二文字を書いてください」と差別を扇動したりするものもあった。

(出典:日本人学校に嫌がらせ電話。発端は「突撃検査すべき」排除を煽る根拠不明の中傷記事か 中国,ハフィントンポスト日本語版,2021.11.6., https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_6185fcf6e4b0ad6f588374d7)

 恐らく、この日本人学校への疑心暗鬼に、中国のインフルエンサーが着目し、閲覧数を稼ぐために「日本人学校はスパイ養成所」というデマを作って、SNSで拡散させたのでしょう。言うなれば、映画やドラマでの「反日なら何でもあり」がネットの世界へ進出した結果ということです。ネットはリアルタイムの強みがあるため、必然的に現代の日本に焦点が当たります。

 それ故、攻撃対象も過去の日本ではなく、日本そのものへと変化します。例えば中国北東部の大連では京都の街並みを再現したリゾートプロジェクトが2021年に開業するも、一週間たたないうちに地元政府から休業を命じられていました。理由は日本を前面に押し出したコンセプトに住民がSNSで反発していたからで、「日本的なものはすべて罪」という風潮が、地方政府を動かしたのです。

台頭する80后(江沢民世代)

 ネットによってエンタメ化された反日は、国境を渡った日本でも問題を引き起こすようになります。その例が、中国人による靖国神社での悪質な落書き行為、そしてNHKのラジオ国際ニュースにて、突然中国人スタッフが原稿にない中国政府の主張を語りだした事案です。

 NHKによると、19日午後、ラジオ国際放送、ラジオ第2などで生放送された、靖国神社の石柱に落書きがあったニュースの中で、中国籍の40代男性の外部スタッフが、尖閣諸島について「中国の領土である」と述べるなど約20秒間、原稿にはない不適切な発言をしたという。

(出典:NHKラジオで原稿にない不適切発言 尖閣諸島を「中国の領土」,朝日新聞電子版,2024.8.19., https://www.asahi.com/articles/ASS8M4GFJS8MUCVL045M.html)

 これも愛国無罪、反日なら何でもありの風潮がもたらした行動を言えるでしょう。当然中国のネットでは称賛の嵐です。それまで国内の「ガス抜き」扱いだった反日活動が、ついに日本に直接牙をむいたのです。

 ここで筆者が着目したのは彼らの年齢層です。NHKの中国人スタッフが40代、先述の男児刺殺事件の容疑者も40代です。彼らに共通するのは1980年代に生まれた80后と呼ばれる世代ということです。そうです、彼らは江沢民政権で強化された反日教育を受けた世代です(わかりやすく江沢民世代と名付けます)。40代といえば現役バリバリの世代であり、社会的な責任も担い始める世代です。遠藤氏は彼らの特徴として、一人っ子政策で家族に丁重に育てられた背景から「異常なほど自尊心が高い」と指摘しております[2]。

 つまりこれが示唆することは、今後彼らによって反日は強化される可能性が高いということです。例の刺殺事件の後、中国のチャットルームで「我々の規律は日本人を殺すことだ」と主張するヘイトスピーチが波紋を広げました。それも発言したのはただの一般人ではなく、地方政府の幹部です。

 発覚のきっかけはチャットルームのスクリーンショット流出だった。「子供を殺すのはそれほど大ごとなのか?」「我々の規律は日本人を殺すことだ」「これは罪のない人々の無差別殺害ではない。なぜなら殺されたのは小日本(日本の蔑称)だからだ」といった内容は中国のSNSで即座に拡散された。

(出典:日本人学校10歳男児刺殺事件 中国「地方幹部」ヘイト発言の言語道断な“中身”と異色の経歴,デイリー新潮,2024.9.26., https://www.dailyshincho.jp/article/2024/09261051/?all=1)

 市井の人なら「社会への不満」や「経済の不安」を理由にできますが、生活には困らない、かつ責任ある立場の人物がこのような発言をするのは非常に問題です。そしてこの幹部の年齢は40代。つまり江沢民世代なのです。彼がもし中国指導者の地位に就いたなら、どんな対日政策をするのかと考えるだけで恐ろしくなります。

「取り合えず謝罪」が育てた怪物

 いかがでしたでしょうか?このように中国の反日を俯瞰してみると、それは単なる歴史問題という過去の出来事ではなく、中国共産党の存続という「現在進行形の課題」に直結していることが伺えます。日本政府は刺殺事件を受けて、中国政府に真相究明やデマの解消を求めていますが、積極的な反応はありません。それもそのはず。中国社会で反日思想を萬栄させたのは、他ならぬ彼らであり、それを否定することは自分たちの権威を否定することにつながるからです。

 そしてこれは江沢民世代の台頭によって、より先鋭化することが予想されます。今中国の指導層の中心は60代後半であり、70代の習近平氏を除けば、文革以降の鄧小平時代の世代に当たります。彼らは実利に基づいて対日関係を考えるため、日中での経済協力や文化交流に肯定的です。しかし、反日教育を刷り込まれ、自尊心が異様に高い江沢民世代は、中国経済に日本の協力は必要ない、日本文化は排除すべき存在と考える可能性が高いです。それはすなわち、今までの日中間の交流が全否定されることを意味し、日本の対中政策は根底から覆ることになります。

 もちろんすべての江沢民世代が過激な思想を持っているわけではないでしょう。しかし、ごく一部と矮小化して考えるもの危険です。件のヘイトスピーチを発した地方政府の幹部は欧米でいう「ポピュリズム」に近いと筆者は考えます。ポピュリズムが問題視されるのは、過激な発言で差別主義や排外主義を扇動する傾向があるからです。民主主義を排除している中国で、民主主義国を悩ませるポピュリズムが台頭しているとしたら、皮肉としか言いようがありません。

 この先、中国の反日が過激化し、日中関係が損なわれる場合、その責任の大半は中国側にあります。一方で筆者は日本側にも責任があると考えます。と言っても左翼が主張するような「戦争責任」ではなく、過度に相手に配慮して謝罪を繰り返した責任です。

 そもそも左翼界隈の人たちは「自分は戦前とは関係ない。むしろそれを糾弾する良心的な日本人だ」という一種のナルシズムに陥っているように見えます。そうでなければ、中国の一方的な謝罪要求に、ある事ない事含めて「謝罪すべし」と言ったりしないでしょう。そんな彼らがいくら「謝罪表明」したところで、中国は「日本人は信用できない」という印象を抱き、なら利用できるうちに利用しようと思うに違いありません。「取り合えず謝罪すべし」という考えが、彼らの反日をこじれさせ、後戻りできない状況を作り出したのです。

 このような事態にならないために、日本側はもっと早い段階で彼らに真正面から向き合うべきでした。「あなた方の歴史教育はおかしい」「その解釈は受け入れられない」当然、先方が反発するのは予想できます。しかし怒鳴りあいの議論になったとしても、そこから対話の余地が生まれ、本当の相互理解への一歩を踏み出すことができたのではないでしょうか?

参考情報

[1]:遠藤誉,毛沢東は抗日戦勝記念を祝ったことがない,Yahooニュースエキスパート,2015.8.25., https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/60e73533ebe688bd45af8df381346fa483e7cad3
[2]:遠藤誉,中国の反日感情はいかにして植え付けられ加速したのか? NHK報道テロの深層心理,Yahooニュースエキスパート,2024.9.6., https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/d9d4d9b82fbd0f424b25677d83c7fa4c87e6a22a

(扉絵はBing Image Creatorにより作成)
(2025/9/5 タイトルの「日中相互不信のメカニズム」にナンバリング。後半の「反日のメカニズム」を「反日の深層」へ変更。本文も一部修正、11/14 参考情報明記、一人称を「筆者」へ変更)


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