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#哲学問題私の答え

復讐と倫理に関する、哲学の問題。
詳細に関してはこちら。

大前提

私戦というか決闘というか、そういった「暴力」を国家が取り上げるのが、近代国家というやつなので(西洋風にいえばウェストファリア体制、日本語なら天下惣無事)、私的な復讐におよんだA、Bともに現代的な価値観に則れば、倫理的とはいいがたい。


感想

「やられたら、必ずやりかえす」ということで、自分の行動に筋を通したBさんのほうが、個人的には倫理的であるように感じた。正確には、倫理的というよりは行動原理がわかりやすいぶん信頼できる、ということか。

卑怯なのはAさんということになるが、こちらも正確には「なにを考えているか読めない」ので信用できないという感じだろうか。おそらく「寛容なしっぺがえし戦略」を採っているわけではないだろう。

わたしの感性がどうもヤクザ的だから、というか何年か前に自分のなかのプチブームで「ヤクザに学ぶ~」系の本を何冊か読んでいたせいで(向谷匡史氏などの)、そういう思考回路がインストールされているからだと思うが、「倫理観」よりも「信用」を軸に考えてしまっている。
「復讐は悪」という大前提がおかれているので、ならばこれは「悪の道」だ、と勝手に解釈してしまっているというのもある。

あとは、Aさんのほうが人を見抜く目はあるのかもしれないと思った。
Aさんは「Bさんなら必ず乗ってくれる」人物であることを承知で相談しているのかもしれない。
一方でBさんは、Aさんのような、ある意味で薄情な人物となんらかの交友関係をつづけることでリスクを負ってしまっているようにも見える。ことの発端はAさんに原因があるのかもしれない(想像)。
いや、でもBさんはAさんを試す意味で相談をもちかけている可能性もある。
これが本当に「悪の道」の話なら、いずれAさんは何らかのかたちで「始末」されることになるだろう。そうでなくとも、一般的な社会であっても孤立することになるだろう。

というわけで、話の本題よりも背景ばかりに想像をめぐらせてしまいましたとさ。


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