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発達っ子の「できない」を責めなくなった日|関わり方を変えて気づいたこと

怒ってばかりだった私が、少しだけ楽になれた話



月曜日の朝、玄関に上履き袋がポツンと残っていました。

息子が持って行っていない。玄関に置いたまま。
週明けの朝なのに、置いてそのまま出かけていったんです。先週も同じことがあった。その前の週も。毎週月曜に上履き袋をランドセルに入れるだけのことが、どうしてこんなに定着しないんだろう!!!——声かけしているのに。
そう思いながら、同じやりとりを繰り返していた時期があります。

息子は、ADHD傾向の発達グレーです(診断はおりてません。微妙なライン)
帰宅後に水筒を出すのも忘れる。宿題プリントをランドセルから出し忘れて、宿題忘れになる。昼休みに、同じプリントをまたやるはめに。
「前にも言ったよね?」という言葉が、私の口から何度飛び出したか、数えるのが怖いくらいです。

元・特別支援学校の教員だったのに、自分の子どものこととなると、まるで別人みたいになってしまう。知識はあっても、感情がそれを上回ってしまう⋯
そのことへの自己嫌悪と疲労が重なって、本当にしんどかった時期がありました。

「他の子に優しくできるのに、どうして自分の子どもにはできないのだろう」——夜中に一人でそう泣いたこともあります。
同じ状況にいる方に届けばいいなと思いながら、今日はその話を書いてみます。




「できない」の前には、必ず理由があった

発達特性のある子どもが「できない」とき、そこにはほぼ必ず理由があります。

わかってる、と思った方——私もそう思っていました。でも、「わかっている」と「実感として腑に落ちている」は、全然違うことを後から知りました。

息子が上履き袋を月曜日に忘れるのは「だらしないから」ではなく、ADHDの特性であるワーキングメモリの弱さから、「さっき確認したこと」がすぐに上書きされてしまうからでした。帰宅後に水筒を出し忘れるのも同様です。「前に言ったでしょ」は、息子の脳の仕組み上、頭の引き出しの一番奥に入ってしまっていて、取り出せない状態にあったのです。

これは「怠けている」わけでも「聞いていない」わけでもない。ただ、脳の処理の仕方が違うというだけ。

でも、そのことを頭でわかっていても、毎朝同じことを繰り返していると、感情が先に爆発してしまうんですよね。親だって人間ですから…

お仕度ボードも作った。トークンも試した。声かけのタイミングも工夫した。専門家として知っている手立ては、だいたいやってみた。

それでも月曜の朝、玄関に上履き袋が残っている。

怒りというより、虚しさに近い感覚でした。「これだけやって、まだか」という。努力の方向が間違っているわけじゃない。息子の特性もわかっている。なのに、なぜかうまくいかない日が続くと、だんだん「もう何をしても無駄なのかもしれない」という気持ちが忍び込んでくる。

その虚しさが、怒りよりもずっとしんどかったです。




「なぜできないか」より「どうすればできるか」に切り替えた

転機になったのは、息子の小児科の先生に言われた一言でした。

「お子さんに求めるハードルを、今の10分の1にしてみてください」
「お母さんが一緒にやってあげちゃってください」

10分の1!! 手伝っていいの?成長する?と、最初は正直、戸惑いました。低すぎない? 甘やかしじゃない? そう思ったんです。

でも試してみると、変化が出てきました。

それまでは「帰ったら水筒を出して、手を洗って、宿題をして、翌日の準備をして」という一連の動作を「帰宅後のルーティン」として求めていました。これを「帰ったら水筒をキッチンに出す、それだけ」に絞ったんです。

最初の1週間は半分以下しかできませんでした。でも2週間目、3週間目と続けていくうちに、「帰ったら水筒を出す」が少しずつ身についてきた。そこで初めて、次のステップに進む。

「できた!」の体験を積み重ねることで、息子も少しずつ自信がついてくる。私も「また失敗した」と怒鳴ることが減っていく。少しずつですが、確実に変化がありました。

この「ステップをものすごく小さくする」という方法は、特に「できないことへの強い自己否定」がある子には、少しの成功体験がとても大きな意味を持つと感じています。息子の表情が少しずつ柔らかくなっていくのが、わかりやすかったです。




私が手放したもの——「わかってるのにできない私」という苦しさ

関わり方を変えるうえで、一番しんどかったのは、専門家としての「わかっている自分」を手放すことでした。

「タスクを分解すればいいってわかってる。でも今日も怒鳴ってしまった」 「声かけのタイミングが大事なのも知ってる。でもイライラが先に出た」 「ワーキングメモリが弱いから忘れるんだって知ってる。それでも月曜の朝に上履き袋がないとき、感情が爆発した」

特別支援の現場にいたので、ADHDの特性については知っています。忘れるのは怠けじゃない、衝動性は本人も困っている、構造化された環境が助けになる——全部わかってる。

でも、それが「自分の息子」になった瞬間に、知識と感情がまるで別物になるんです。

「わかってるのに、なんでできないんだろう」というのは、息子だけじゃなく、私自身にも向いていた言葉でした。専門職として培った知識が、親としての感情に追いつかない。「知っている私」と「爆発してしまう私」の間の落差が、しばらくずっとしんどかった。

その苦しさを手放せたのは、「知識があっても、毎日消耗しきった状態でそれを完璧に実践できる人間なんていない」と思えるようになったことがきっかけでした。専門家だから完璧にできるべき、ではなく、専門家だからこそ消耗の深さもわかる——そう考えを切り替えられたのは、だいぶ後になってからのことです。

基準を手放せたもうひとつのきっかけは、ある日の息子の一言でした。

学校から帰ってきた息子が、ランドセルを床に落とすなり「ぼく、毎日がんばってるのに、なんでできないんだろう」とつぶやいたんです。責めているわけでも、訴えているわけでもない。ただ本当に、不思議そうに、首をかしげながら。

その言葉を聞いて、ようやく気づきました。「できない」と「やらない」は、全然違う。息子はやろうとしていた。ただ、うまくいかなかっただけ。それなのに私は毎日、「なんでできないの」と問い詰めていた。

それからです。少しずつ、「できたこと」に目を向けるようにしたのは。




関わり方を変えて気づいた「子どもの変化」

責めることをやめた、というより、責める気力がなくなってきた——という方が正確かもしれません(笑)でも、結果として、息子との関係は少しずつ変わっていきました。

「なんで忘れるの!」から「次はどうしたら忘れないかな、一緒に考えよう」に変えただけで、息子の表情が違いました。自分が責められていないとわかると、子どもって自分なりに工夫しようとするんですよね。これは、親として気づかされた大きな発見でした。

変わったのは、息子ではなく、私の見方だったのかもしれません。




「怒ってしまった日」の自分との向き合い方

関わり方を変えようとしたとき、もう一つ大きな壁がありました。「うまくやれない日」が続くと、自分自身を責めてしまうことです。

「今日もまた怒鳴ってしまった」「また同じことを言ってしまった」——そのたびに「私は変われない」「こんな親で息子に申し訳ない」という気持ちが来ます。特に最初のうちは、「関わり方を変えよう」と意識するからこそ、うまくいかなかったときの落差が大きかった。

そんなとき、少しだけ助けになったのは「失敗した夜に、自分にも同じ言葉をかける」という習慣でした。子どもに「できたね」と声をかけるのと同じように、自分にも「今日もよくやった、それでいいよ」と言う。最初は恥ずかしくて声に出せなかったけど、頭の中でつぶやくだけでも少し違いました。

子どもを責めないようにするには、まず自分を責めないことが先決なのかもしれない——と、じわじわ気づいてきたのはここ最近のことです。




私がやめたこと、息子に起きた変化

いくつか試してみて、うちで変化につながったことをシェアします。参考になれば。

① 一度に伝えることを「ひとつ」にした

「片付けて、手洗って、宿題して」ではなく「まず水筒出して」だけ。ADHD傾向のある子は、複数の指示が一気に来ると最初のひとつで処理が止まることがあります。「何を・どこに・いくつ」を一動作ずつ伝えるようにしてから、「聞いてない」と感じる回数が減りました。

② できたことを、その場で声に出した

「できたね」「やったじゃん」だけでいい。大げさに褒めなくていい。ただ、見ている、気づいている、ということを伝えること。「失敗しても責められない」という安心感が積み重なると、子どもって自分から動き出すようになってきます。

③ 「また忘れた」を、その日で終わらせた

「またやってない」「また言った」という記憶を翌日に持ち越すと、次に同じことが起きたときに感情が爆発しやすくなる。今日できなかったことは、今日で一区切り。「今日の私はよくやった」と一言声に出してから寝るのが、最近の習慣です。




完璧な親なんていなくていい

「発達障害の子どもを持つ親は、特別に忍耐強くなければならない」——そんなふうに思っていた時期がありました。

でも今は、そうは思いません。

怒鳴ってしまっても、泣いてしまっても、もうやだと思っても、それが普通だと思っています。私たちは、平均的な子育てより何倍もエネルギーを使う状況に、毎日いる。そのなかで、ちゃんとご飯を作って、生活を回して、子どもの横にいるだけで、十分すごいことをしていると思うんです。

ADHD傾向の息子を育て、ほぼワンオペで在宅ワークをしながら。完璧な親でいられるわけがないんです。でも、それでも毎朝起きて、子どもに声をかけて、ご飯を出している。それだけで十分だと、少しずつ思えるようになりました。

関わり方を変えることは、完璧を目指すためじゃなく、今より少し楽になるためでいい!!!

息子の「できない」を責めなくなった日から、毎日が少し、ほんの少し軽くなりました。




おわりに

「できない」を責めなくなるのは、ある日突然できることじゃなくて、少しずつ積み上げていくものかなと感じています。

私もまだ途中です。今でも「なんで!」と声を荒げることはあります。でも、そのあとに「ごめん、言い方きつかった」と言える回数が増えてきたこと、それが今の私の小さな変化です。

今日できることは、「責める言葉を1回減らす」それだけでいい。

発達特性のある子どもと向き合いながら、毎日綱渡りで頑張っているママたちに、少しでも届くものがあれば嬉しいです。
完璧じゃなくていい、完璧じゃない私たちが、それでも今日もここにいる!それだけで十分だと、私は思っています。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

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