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最期の別れが教えてくれた向き合う勇気

広島の話になる前に少し死についてお話します。具体的に書くわけではないですが、心が揺さぶられる可能性がある方は無理をなさらず閲覧をご遠慮いただけますようお願いいたします。


有料で働いていた頃、苦手な高齢者がいた。働きたてでまだたくさんの人と関わっていなかったこともあり、どう接したらいいか自分の中で掴めていなかったこともあったけど、とにかく怒る方で接し方に困っていたので、必要最低限以外は関わらないようにしていました。(今考えると本当に失礼なことだと思ってます)

数カ月後、その方が亡くなったんです。うちの施設は看取りを行っているので、目の前に亡くなった方がいて最後のお別れを言いに言った時、頭に浮かんだ言葉があります。それは

ごめんなさい

です。
今こうやって人生を振り返ったから気づけたことだけど、イジメられていた時に手を差し伸べて寄り添ってくれる人がほとんどいなかったからこそ、今介護士としてこの高齢者にもっと手を差し伸べて寄り添えばよかった。だからごめんという言葉が出たのかなって。

ただ、その当時はなんでその言葉が出たのかと考えたら「もっと◯◯できたのに」って、まだやれることが次々浮かんできて後悔したからです。

まだ寄り添うことの大切さをわかる前の出来事だったので、寄り添うことの大切さを学ぶというよりは
次、人が亡くなった時に後悔しないようにどんな性格の方でもしっかり向き合って関わろうと思えた出来事でした。

それからは人が亡くなるたびに後悔はなく
ありがとう
と思えるようになりました。

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