空港の本屋は公衆衛生である。空港で買った本で、扁鵲という中国の昔の医師のエピソードを知った
宮崎空港で出張の前に本を買いました。
守屋洋さんの「韓非子」を見よ!という本です。
三笠書房の知的生きかた文庫から出ています。
扁鵲(へんじゃく)という中国の昔の医師のエピソードが載っており、感銘を受けました。
このような話です。

扁鵲が蔡の国の桓公を診察した。
「肌の中にご病気がございますな」
「いや、そんなものはない」
扁鵲が退出すると、桓公は側近の者に語った。
「あれだから医者は困る。病気でもない者を治して自分の手柄にするつもりだからな」
それから十日たって、また扁鵲がやってきた。
「ご病気は肌の下まで達しましたな。いま治さなければ、ますます深く入っていきますぞ」
桓公は黙したまま、扁鵲が退出すると、不機嫌な顔になった。
それから十日たって、また扁鵲がやってきた。
「ご病気は内臓にまで達しましたな。いま治さなければ、ますます深く入っていきますぞ」
桓公はやはり黙したまま、扁鵲が退出すると、また不機嫌な顔をした。
それからさらに十日たった。今度は扁鵲、やってはきたが、桓公を見るなり黙って退出した。

桓公が人をやって理由を尋ねさせました。
扁鵲は答えました。
病気が肌にとどまっているうちは、薬湯でも治すことができます。
肌の下にある段階なら針灸で治すことができます。
内臓にある段階なら、なんとか薬酒で治すことができます。しかし、骨髄にまで入ってしまいますと、もはや人間の力ではどうすることもできません。
王様のご病気は、すでに骨髄にまで入り込んでしまいました。
それで何も申し上げなかったのです。
五日後、桓公は体が痛み出した。あわてて扁鵲を捜させたが、後難を恐れて、すでによその国に逃げてしまっていた。
桓公は、なす術もなく、やがて息を引きとった。
韓非子は、この話を紹介した後で、次のように言葉を添えています。
このように、良医というのは、病気が肌に潜んでいるうちに見つけ出して治してしまう。つまり、ボヤの段階で消し止めるのだ。
これは病気だけではなく、すべてのことに当てはまる。
だから聖人は、物事を処理する際、早め早めに手を打つのである。

Geminiに「扁鵲」を聞いてみました。
きちんと答えが返ってくることに感心しました。
伝説的な名医として知られる扁鵲(へんじゃく)は、中国の春秋戦国時代に活躍した人物です。
本名は秦越人(しんえつじん)と言われますが、その驚異的な医術から、伝説上の霊鳥の名である「扁鵲」と呼ばれ崇められました。
彼にまつわるエピソードや思想は、現代の医療倫理や診断学にも通ずる興味深い点が多くあります。
1. 診断の四診(ししん)の確立
扁鵲は、東洋医学の基本である「望・聞・問・切」という4つの診断法を確立したと言われています。
望(ぼう): 患者の顔色や様子を見て病状を判断する。
聞(ぶん): 声の調子や呼吸音を聴く。
問(もん): 自覚症状や生活習慣を尋ねる。
切(せつ): 脈を診たり、体に触れて状態を確認する。
彼は特に「望」に優れており、一目見ただけで病気が体のどの深さ(皮膚、血脈、腸胃、骨髄)にあるかを見抜いたという逸話(蔡桓公との会見)が有名です。

2. 「未病」を防ぐことの重要性
扁鵲には、彼の兄弟と比較した有名な教訓があります。
ある時、王から「三兄弟の中で誰が最も医術に優れているか」と問われ、彼はこう答えました。
長兄が最も優れ、次に次兄、私が最も劣ります。
長兄は病気が現れる前にこれを除いてしまうので、世間はその名をしりません。
私は病が重くなってから治療し、大きな手術を行うので、その名が諸侯に知れ渡っているだけなのです。
これは、病気になる前に防ぐ「未病(みびょう)」の概念を象徴する言葉として、今も予防医学の重要性を説く際に引用されます。

3. 六不治(ろくふじ):治せない6つのケース
扁鵲は、医術が万能ではないことを悟っており、治療ができない患者として「六不治」を挙げています。
奢慢(しゃまん)で道理をわきまえない者
身を軽んじ、財産を重んじる者(健康より金を優先する)
衣食の不摂生を改められない者
陰陽が乱れ、臓気が不安定な者
体が衰弱し、薬を服用できない者
巫(みこ)を信じて、医(医者)を信じない者
4. 司馬遷『史記』における記述
歴史家・司馬遷は『史記』の中で扁鵲の伝記を記しており、その最後を「信医不信巫(医を信じて巫を信ぜざれば、病は治る)」という言葉で結んでいます。
これは、非科学的な呪術(巫)に頼るのではなく、現実的な医術を信じることの大切さを説いたものです。
扁鵲は単なる「伝説のヒーロー」ではなく、医学を一つの実学として体系化しようとした先駆者と言える存在です。
うーむ。扁鵲こそ、公衆衛生の申し子のような気がしました。
空港の本屋さんは、公衆衛生かも。
