稲盛和夫は「西郷隆盛の徳」をもって人々を惹きつけ、「大久保利通の才」によって組織を峻烈に管理した
稲盛和夫シリーズの第6弾です。
社会の中で生きていくうえでは、人とどう接するかが極めて大切になります。
稲森さんは、その基本姿勢として、「理と情の順番を間違えてはいけない」と助言をしています。
稲森さんの座右の銘は、「敬天愛人」です。
これは西郷隆盛の言葉です。産業医大の鹿児島出身の同級生の部屋にもありました。
鹿児島県人は、この言葉を見るだけで「うるうる」となります。
そして西郷隆盛といえば、大久保利通です。産業医大の学長に大久保利通のお孫さんがおられました。

稲森さんは、西郷隆盛を「人生の師」と仰ぎ、大久保利通を「経営の模範」としました。
つまりいいとこ取りです。
稲森さんは、大久保利通のような高い実務能力は重要だが、それが私利私欲に使われないためには、西郷隆盛のような高い精神性がベースになければならないと説いています。
「西郷の徳」をもって人々を惹きつけ、「大久保の才」によって組織を峻烈に管理する。
こ、これでは、日本史上最強の人物になります。新しい二刀流!
日本史上最強の気配りブラザース太閤秀吉・大納言秀長よりもはるかに強力です。
日本一の気配りブラザース弟の秀長が亡くなってからは、豊臣家は破滅に向かいます。

一方、西郷と大久保という大物をつなぎとめていたのは、薩摩藩の家老だった小松帯刀です。
小松帯刀は、明治維新後に若くして亡くなってしまいます。
「調整役」がいなくなると、二人は対立することになります。
最終的には、西郷は鹿児島の城山で自刃、大久保は東京赤坂の紀尾井坂で暗殺されます。
二人とも畳の上では死ねませんでした。
西郷は介錯で首を刎ねられ、大久保は全身の50カ所以上の刀傷を受け、首にはとどめの匕首が突き刺さり、刃先は土中に届いていました。
稲森さんは、「小松帯刀のような度量の大きな調整役がいなくなったことで、二人は悲劇的な結末を迎えた」と言っております。
一方、気配りブラザースの二人は、幸運にも畳の上で豊臣一族や家来に見守られながら息を引き取っています。

話がそれましたが、稲森さんは、「理と情の順番を間違えてはいけない」と助言をしています。
人間として正しいこと、理屈に合い、筋の通ることが「理」で、思いやりや人情が「情」となります。
常に理が先であり、情はそのあとであるべきで、その順番を間違えてはいけないと言っております。
何かトラブルを起こした人がいたら、最初に何が問題なのかを「理」で分析し、「理」で注意をする。
それで相手が納得し、反省したなら、そこで初めて「情」をかけてやる。
最初に「優しくしたほうが嫌われないだろう」という私心で、また「かわいそう」という感情も生まれて「情」にほだされ、「情」をかけてしまうと、その後、いくら理屈で間違っていると指摘しても、「私は同情されたので悪くない」という先入観があるため、本気で反省はできず、成長もできません。
稲森さんの座右の銘「敬天愛人」には、同じような意味があります。
まず、天を敬い、天に恥じないよう人間として正しいことに徹し、次に人を愛し、優しくするのであって、順番が逆になっては駄目です。

昔、NHKの「篤姫」という大河ドラマがありました。
舞台は鹿児島です。
主人公の篤姫と、篤姫を密かに想う小松帯刀が登場しました。
ドラマでは小松帯刀の下で、仲良く切磋琢磨する若き日の西郷隆盛と大久保利通が描かれていました。
大政奉還を経て、明治維新を成し遂げた薩摩人トリオでしたが、小松帯刀が病気で亡くなってしまった後に西郷と大久保は、やがて対立して悲劇的な結末を迎えることになります。つまり、「稲森説」で構成されていました。
もしかして稲森さんも監修していたのかしら。
小松帯刀が亡くなった病気は、痛風という説があります。私も痛風発作があったので、気をつけます。
私が死んだら、誰も対立するひとはいないか。
いや、今のところはそうですが、直木賞をとったら予期しなかった骨肉の争いが起こるかも。
公衆衛生学的に注意します!
