異動
年齢四十一歳
丈高く肉肥へたる方
顔面長く頬骨高き方
眉濃く長き方
眼太く眦長き方
額広き方
鼻常体
口並体
色浅黒き方
右頬黒子あり
言舌太だ高き方
其他常体
1
「顔写真は、用意できたのか」
内務省から来た官吏は、頭を畳に擦りつけた。
「貴殿は、この紙切れで、賊が捕まると思っているのか」
「司法省が……、提供に応じませぬ」
「姦悪を為す者は、必ず捕らえて切断、敢て逃るるを得ざらしむ。是を本省の職掌とす」
「はっ?」
「初代司法卿が定めた省の方針を示すの書に載っておる。一月に、犯罪捕縛を担当する警保寮を、司法省から内務省に移管させたが、本方針は不変である。是非、賊の首魁の顔写真を貸し出し願いたいと頼んでまいれ」
「ははっー」
「複製して、人相書とともに全府県に手配せいっ。全ての宿場を改めよ。印鑑を持たずに泊まっておる者は、悉く尋問するのだ。よいな」
官吏が立ち去った後に、風が流れ込んだ。
九州とはいえ、三月の空気は冷えている。
「複製した写真を、探索に使うとは考えたものよ」
山田顕義は、男と視線があった。
「我等が二年も外国で物見遊山をしていた間に、留守政府は真面目に仕事をしておった。まことに恥ずかしい限りだ。山田殿」
顕義は、返事をしていいものか迷った。
引き戸の向こうから物音がした。
「権大判事が参りました」
顕義は、男の執拗な視線から解放された。
「待っておった。通せ」
入ってきた顔に、見覚えがあった。
「河野敏鎌殿、よく来られた。この鄙びた地には、見るべき景色もなく、人物もいない」
男は、陶器を指差した。
「しかし見事なものよの。この有田焼の紅のすじは、水をさすと血が滴り落ちるように見える」
河野は、器を手に取って見ようとした。
皿と重なり合う音が響いた。
手先が震えていた。
「判事殿は、フランスで司法を熱心に学んだそうだな。東京警視庁の大警視が褒めておった」
「パリ大学教授のボアソナアド博士についておりました。一年ほどの間でしたので、たいしたことはございませぬ」
「その高名な法学博士を、判事殿が説得して、はるばる日本に連れてきたと聞いておる」
「はい、江藤先……、いや、前司法卿から、なるべく上等の法学教官を雇い入れるよう訓令があり、幸い、フランス国の文部卿のお口添えもあって招聘することができました」
「裁判の指導もするのか」
「直接の指導は、いたしませぬ。司法省が設置した法学校の教官として、フランス法に基づく新時代に相応しい裁判官の養成をしております」
「国際公法は、詳しいのか?」
「はい。西洋の法には、全てに通じております。司法省では、およそ法に関するもので相談せぬ事柄はありませぬ」
「全く、人使いの荒い役所だ。それほど仕事を強いれば、博士の健康に差しさわりがあるではないか。今後は、手を煩わせぬようにせねばなるまい」
「今後とは?」
「このたびの、賊徒の裁判を、せねばならぬ」
「佐賀で裁判を? おそれながら、裁判所は設置されておりませぬが……。東京でされた方が」
「司法省は、訴訟業務を直轄するために全府県に裁判所を設置する方針ではないのか。まず当地に臨時裁判所を設置して、裁判が終わった後に常設とすればよいこと」
河野が、口を開こうとした。
「裁判長ひとりだけでは、裁判はできないと言いたいのか? 洋行帰りの検事が、喜んで協力したいと言っておる。入るがよい」
奥の襖が開いた。
「岸良兼養大検事。わしの同郷の薩摩出身である。これで裁判はできるだろう」
忘れかけていたパリの灯りを思い出した。
二人とも、司法省から留学生としてフランスに派遣されていた。
河野は、土佐出身で若い頃に江戸で学び、帰郷して勤王活動に従事した。突然、藩が方針を変更して、投獄されて拷問を受けたことがある。
維新後に放免され、広島県に勤務した後、司法省に採用された。
鋭敏さと行動力から頭角を現し、司法省のフランス国留学組の頭に選ばれた。
岸良の印象は強くはなかったが、小柄ながら強固な意志を持つ朴とつさが記憶に残っていた。検事となったのか。
ホテルの近くの料理屋に入って、パンと魚のスープを頼んだ。
遠い東洋の島国から来た男たちのために、亭主がシャンパンを抜き、紫の服を着た女がグラスに注いで廻った。
「メルシイ、ボクウ」
朱色のスープに漬けて軟らかくなったパンをほおばりながら、語りあった。
幕府が欧米列強と結ばされた条約は、治外法権を認めており、罪を犯した異人を我が国の法で裁くことはできなかった。
このような不平等を強いられたのは、わが国に力がないこともあったが、法令や裁判制度が未熟で、外国から信用されていなかったことも原因だった。
江戸幕府が明治政府となり、藩が県に変わったとはいえ、欧米諸国のように司法が行政から独立しておらず、県が裁判を実施していた。
世界で最も法典の整ったフランスで、刑法、刑事訴訟法、民法などの基盤となる法令を学び、警察や司法を整備する。
洋行に並々ならぬ熱意を持っていた江藤新平司法卿は、省内業務が多忙なために、日本を離れることができなかった。
二人は残念がり、祖国に残った恩人に報いようと懸命に学んでいた。
あれから一年も経ったのか。
「早速、司法省と相談して裁判を開く準備をしてもらいたいが、内務省内での議論を参考にするがよい」
顕義の横にいた岩村通俊が、河野の前に進み出て、一枚の紙片を渡した。
「この刑は……」
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?

