歴史は発展するだけでなく、衰退することもある
インダス文明(紀元前三〇〇〇~紀元前一五〇〇年)では、公衆衛生の歴史でも画期的なものが構築されています。
現在のパキスタンにある遺跡「モヘンジョ・ダロ」です。
中学生の歴史の授業で、「世界の四大文明」で習いました。
かっこいい名前ですが、その意味するところは「死者の丘」です。
モヘンジョ・ダロは、パキスタン南部の都市カラチから約三〇〇キロほど北に行ったところにあります。
約一〇ヘクタールにわたる広範囲な市街地の遺跡が発掘されています。
綿密に計算された都市計画のもとに、レンガによる建設物が整備されました。
市街地は、東西南北に走る五~六本の大通りによって区画され、直角に交差して、小路によって碁盤目状に区切られていました。
レンガ造りの家には、各戸ごとに井戸があり、炊事場や洗濯場まで併設されていました。
各戸からの配水は、レンガ造りの下水溝に導かれるようになっていました。
このような都市計画に基づき井戸や下水溝が整備された文明は、突然滅んだようです。
昔は、小学校でユネスコが作成した募金募集のパンフレットをよく目にしたものです。
当時の西パキスタンやインドは世界の最貧国で、骨と皮になって腹が膨れた子どもの写真が掲載されていました。
モヘンジョ・ダロのことを初めて習ったときに、こうした都市を造る能力のある民族が、なぜここまで衰退していったのか、不思議に思っていました。

大学のときに小児科の講義で、「クワシオルコル」と呼ばれる病態があることを学びました。
小児の高度の低栄養状態で、タンパク質不足が原因です。
離乳期以後、三歳くらいに見られる疾患です。
クアシオルコルは、アフリカのガーナの俗語が語源となっています。
「クワシ」は第一、「オルコル」は第二、という意味です。
母親が第二子を妊娠したときの第一子のことを指します。
この時期に第一子は母乳保育をやめて、トウモロコシの粉が主体の食事で養育されるようになります。
母乳に含まれるたんばく質から炭水化物中心の食事に変化し、低タンパクの栄養状態になります。
子どもの発育にはタンパク質が不可欠ですが、タンパク質をとることができません。
そのため、発育が不良となって、低タンパク血症、貧血、毛髪の変色、皮疹が出現し、下痢、浮腫が見られ、無気力、易刺激性、四肢の振せんなどの精神神経症状が出てきます。
子どもは低栄養状態が続くと、老人のような顔貌となって、無表情になります。
浮腫により腹が膨れます。
モヘンジョ・ダロは、こうした低栄養の子どもの顔を思い出してしまう忌まわしい遺跡となりました。
まさに死者の丘です。
歴史は発展するだけではなく、衰退することもあるのだということを知りました。
思春期まっただ中に学んだ、モヘンジョ・ダロにより、少しは大人になったような気がしました。
ちなみに、鎌倉時代に描かれた「餓鬼草紙」の中の餓鬼は、骨と皮になって腹が異常に膨れている状態が描かれています。
餓鬼草紙は、鳥獣戯画と同じく国宝に指定されています。
こうした飢えの状態が絵になって残されている日本という国はすごいなと感じています。
その流れの中に、今の日本の漫画やアニメがあるのだと思います。
諸星大二郎さんの「暗黒神話」には、餓鬼が登場します。少年ジャンプで連載していたときに見ました。
餓鬼を封印するシーンには感動しました。
飢えた人間の魂を供養する施餓鬼は、ある意味で公衆衛生だと思います。

