日本は世界に先駆けて、自動車用ガソリンの無鉛化を実現させた国である
昨日はタイヤの話でしたので、
今日はガソリンの話です。
昔のガソリンにはノックを防ぐために
アンチノック剤としての鉛が入れられており、
「加鉛ガソリン」と呼ばれておりました。
ところが、
このガソリンに含まれる鉛が
大気に放出されて、
鉛汚染が問題となってきたのです。
鉛は
あらゆる健康障害を生じさせる化学物質です。
特に有名なのは、神経障害です。
鉛を扱う作業者には、
橈骨神経麻痺が生じることがあります。
夏に「うらめしや」と言って出てくる
手のひらを下げた幽霊は、
典型的な橈骨神経麻痺の症状です。
キョンシーもそう。
また、急性の鉛中毒では、
鉛疝痛という急性腹症を起こします。
あまりにも腹が痛いので、盲腸と誤診されて手術をされることもあります。
医師国家試験に出されたことがあります。
鉛は神経細胞に作用し、
特に発達段階の小児の神経障害を
起こすことが知られています。
米国では
ペンキの中に鉛を入れていたことがあり、
古い家を購入した場合はペンキに注意
するよう警告されています。
古風な民家を購入して移り住んで、
はげかかった天上や壁の塗装を剥がして、
新しい色に塗り替えたら、
子どもが鉛中毒になってしまった
という例があるのです。
ペンキの中に含まれる高濃度の鉛を口にしたり、粉塵を吸い込むことによりばく露します。
長期間の鉛の暴露は、
子どもの知能の発達に影響を与える
と言われています。
1970年5月、
東京の新宿区の牛込柳町で事件が起こりました。
ある民間団体が実施した住民の集団検診の結果、多数の人が鉛中毒と診断されるという結果が報道され、大きな問題となったのです。
地域住民の血液中の鉛の値が高く、
労災の基準値を越えた人が何人もいた
ことが報道され、
日本中に衝撃が走りました。
牛込柳町の交差点の付近は、
周囲よりも低くてくぼみのようになっており、
ガソリン中に含まれる鉛がたまり、
その空気をずっと吸っていたから、
高濃度の鉛が検出されたのではないかと、
まことしやかに語られました。
マスコミでは、
「牛込柳町鉛中毒事件」と報道されました。
東京都は、衛生研究所を中心に検診体制を整え、住民の検査を行いました。
当初、牛込柳町付近の住民を実施し、
その後、都内各地において「鉛害検診」を
希望者に行っています。
1970年5月より1972年2月までに、
延べ2000人以上に実施しました。
各種の鉛中毒臨床検査、
血中・尿中鉛分析にもかかわらず
1名の鉛中毒患者も発見されませんでした。
東京都は、
その後も鉛汚染による健康影響の監視を
1980年までの11年間行いました。
その結果、1970年代の東京都民の血中・尿中鉛濃度の正常値、年齢の影響、性差、地域差、年次推移を把握することができました。
幸いにも鉛中毒と診断された人はいませんでした。
鉛中毒には至らないレベルでしたが、
血中・尿中鉛濃度とも
大気汚染の程度の激しい地域の住民ほど
高い結果で、
人体が大気中の鉛に汚染されている
ことを強く示唆する結果でした。
この事件を契機として、
自動車用ガソリンへの鉛の添加の規制が
順次行われることになりました。
1975年には
レギュラーガソリンが無鉛化されました。
プレミアムガソリンも実質的に無鉛となります。
東京都による11年間の観察の結果、
大気中鉛濃度、血中・尿中鉛濃度ともに、
劇的に減少傾向を示しました。
日本は、世界に先駆けて、自動車用ガソリンの無鉛化を実現させた国です。
我が国では、これ以降は、
大気中の鉛汚染が問題となることは
ありませんでした。
しかし、世界的には、
今も加鉛ガソリンが使われている途上国があり、そうした国では、
鉛による子どもの知能障害が
問題となっています。
環境庁に勤務していたときに、ダイオキシンの環境汚染調査を担当したことがあります。
大気や、水、土壌などの媒体とともに、
生物指標として何を使えばいいか
迷っていました。
このとき相談に乗ってくれた専門家がいました。
「昔ね、牛込柳町鉛中毒事件というのがあってね、私は都の研究所でハトの血液中の鉛の濃度を測定したことがあるんだよ」
と懐かしそうに言っていたのを覚えています。
「ハトは植物性のものしか食べないので、大気汚染の指標になるんだよ。肉食系の鳥は、食事由来か大気由来か判らないことが多いのでね。身近にいて、呼吸量も多いので、ハトは使えるよ」
私は、そのアドバイスに従って、
生物指標としてハトを調べることに決めました。
私は牛込柳町のわりと近くに住んでいました。
厚労省で遅くまで仕事して
タクシーで帰るときは、
牛込柳町を通っていました。
かつてこの場所で
事件があったことを知っている人が、
どのくらいいるだろうかと思いながら、
通り過ごしていました。
歴史は繰り返します。
先人たちの経験は、
さまざまなところで
私たちにヒントを与えてくれます。
公衆衛生の歴史を学ぶことは、
「既にある未来」
を知ることにつながると思っています。
「既にある未来」は、
ドラッカーのパクリですので、
念のため申し添えます。
