福岡県出身の石橋正二郎が創こしたブリヂストンは、レプトスピラ対策で発展した
宮崎県の保護管理所で開催された動物慰霊祭に出席しました。
保健所をはじめ管内の市町村の動物業務関係者、県獣医師会などの関係団体の方々や動物愛護推進員や指導員が出席しました。
黙祷のあとに、保健所長の慰霊のことばがありました。
参列者全員で、慰犬魂碑に献花をしました。
最後に、動物愛護宣言が読み上げられるときに、犬の遠吠えが聞こえてきました。
ワン、ワン。うおおおおーん。
今まで静かにしていた保護管理所の檻の中の犬が、このときだけ吠えたのです。
身勝手な人間たちに、「しっかり責任をもって飼ってくれ」と訴えているようでした。
昨年も同じ現象があったそうです。不思議です。

レプトスピラという病原体がおります。
ネズミの腎臓に棲んで、尿とともに排出されます。
腎臓にレプトスピラを長期間保菌することができる動物を「維持宿主」といいます。
ネズミに代表される維持宿主は、腎臓にレプトスピラがいても症状はないのですが、犬は例外的に維持宿主なのに症状が出ます。
猫は、維持宿主ではありません。
ネズミを食べる猫は、ネズミの腎臓にいるレプトスピラごときには屈さないようにできているのかも。
一方、犬はレプトスピラに弱く、発熱、倦怠感、食欲不振、嘔吐、脱水などの初期症状の後に、腎不全や肝不全が出現します。
レプトスピラ症と確定した犬の半数は亡くなる、という高い致命率です。
このため多くの飼い主が、
レプトスピラのワクチンを犬に接種しています。
ヒトは維持宿主ではありません。
ヒトへの感染は、
ネズミなどの維持宿主の尿に直接触れることや、レプトスピラを含んだ尿で汚染された淡水や土壌との接触により、
皮膚や粘膜を介して起こります。
レプトスピラに感染すると、
5~14日後に38~40度Cの発熱とともに、悪寒、頭痛、筋痛、腹痛、結膜充血
などの症状が出現します。
通常は、
このような初期症状のみで軽快しますが、
初期症状の後に黄疸、肺出血、腎不全が出て重症化(ワイル病)することがあり、
命を落とすことがあります。
我が国では、沖縄県がダントツです。
沖縄県内の川での水泳、沢登り、カヌーなど淡水でのレジャーや労働で感染します。
県外からの観光客や、
レジャーのインストラクターに多い。
私が子どもの頃の夏休みは、
椎葉の川で水遊びばかりしておりましたが、
レプトスピラのことは全く知りませんでした。
誰かが犬を泳がせていても、
その横で、平気に犬かきしていましたね。
ワイルドだったと思います。

このようにレプトスピラは、
沖縄県のレジャーのインストラクターに多い
職業病となっていますが、
昔は、福岡県の炭鉱夫に多い職業病でした。
レプトスピラは、
ざっくりいえばネズミの腎臓に棲んでおり、
ネズミが尿をまき散らした水や土壌におります。
昔は野にネズミはたくさんおり、
特に水田にはレプトスピラがおりました。
さらに昔は、
田んぼには裸足かわらじで
入っておりましたので、
皮膚からレプトスピラが侵入して
感染をすることが多かったのです。
レプトスピラは、
田んぼで農作業をするひとが多く感染する、
農家に多い職業病でした。
第一次世界大戦では、
ドイツ軍と連合国軍は
互いに塹壕を掘って戦いました。
塹壕内には食糧などもあり、
これを狙ってネズミが
大量に塹壕内に侵入してきました。
塹壕には、雨で水がたまっていました。
ネズミの尿に汚染された塹壕内の水に
触れた両軍の兵士の多くが、
レプトスピラに感染しました。
当初は原因が不明で、「塹壕病」と呼ばれました。

さて、福岡県の筑豊地方には
豊富な炭鉱がありました。
なかでも、三井三池炭鉱は有名です。
「あんまり煙突が煙いので、さぞやお月っさん煙たかろう」
と炭坑節で歌われるほど
大量の石炭が掘られました。
福岡県の盆踊りは炭坑節がメインです。
青森の盆踊りは津軽じょんがら節でした。
宮崎県の延岡市は、ばんば踊りです。
日向市は、水森かおりさんの「日向岬」。違うか。
話をもどすと、
実は、炭鉱の中は、ネズミの巣でした。
炭鉱夫は食べ物を持って入ります。
この弁当箱の食べ物を狙って
ネズミが侵入します。
坑道の中には、ネズミの天敵はいません。
炭鉱夫たちは、ネズミに餌をやったりしました。
空気があるかどうかを、ネズミで判断したらしいのです。
ネズミが生きていれば、大丈夫というわけです。
「炭鉱のカナリア」が有名ですが、
そのかわりにネズミを使ったようです。
坑道には、水がたまっているところが
多くありました。
この水がネズミの尿で汚染されると、
レプトスピラの感染のリスクが高まります。
昔はわらじで作業をしていたので、
レストスピラに感染する作業員が増えました。
当時は「熱性黄疸」と呼ばれ、
風邪に似た発熱があり、
悪化すると黄疸、出血、腎不全を併発して、
致死率が20~30%にもなりました。
熱性黄疸は、
福岡県がダントツに多く発生しました。
そのほとんどが炭鉱で働く作業員でした。
このため入坑を拒む鉱夫も出てきて、
離職者も増えます。
会社としては、
対策をどげんかせんといかんと
思うようになりました。
1905年に
京都帝国大学福岡医科大学(現在の九州大学医学部)に赴任してきた稲田龍吉教授が、
1914年に
この炭鉱夫に多い病気の原因を究明して、
レプトスピラが原因であると突き止めました。
日本に帰国した世界的な感染症学者の
千円札の野口英世が、
福岡にきて、稲田教授の報告を聞きました。
是非、論文を世界に発表するように言いました。
稲田教授は、
野口英世博士の勤務する
米国のロックフェラー研究所の機関誌に
英語論文を掲載しました。
これにより稲田は、
世界初のレプトスピラの発見者として、
1919年のノーベル医学・生理学賞
の候補に推薦されました。
残念ながら受賞はできませんでした。
レプトスピラの予防策として、
各炭鉱では、作業員の健康を守るために、
ゴム製の地下足袋を履かせるようになりました。

これを量産したのが、
後に世界的なタイヤメーカーとなる
ブリヂストンです。
もともとは、足袋をつくる会社でした。
つまり、
福岡県久留米市出身の石橋正二郎が創業した
この会社は、
レプトスピラ対策で発展したのです。
石橋を英語にすると、ストーン・ブリッヂです。
英語では日本語と逆になるので、
さかさまにするとブリッヂ・ストーンとなり、
これを短くしたブリヂストンを社名にしました。
社名を「レプトスピラ」にすれば、
もっと発展したかも。
しないか。
久留米市のブリヂストン美術館で、
久留米市出身の画家の青木繁の「海の幸」
を見たことがあります。
意外に小さくてびっくりしました。
青木繁は28歳で、結核で亡くなっています。
まさに天才画家で、その中で神話を題材した作品は、宮崎を描いているようで大変気に入っています。
レプトスピラのエピソードは、この本から引用させていただきました。
歴史満載で、おすすめです。
炭鉱はなんといっても、山本作兵衛さんの絵ですねー!
