見出し画像

戸郷翔征投手はサンマリンスタジアムの申し子で、水島新司の漫画「男どアホウ甲子園」の主人公の藤村甲子園に匹敵する

侍ジャパンとソフトバンクホークスとの壮行試合を見ました。

ひなたサンマリンスタジアム宮崎に初めて行きました。

宮崎に帰ってきて初のプロ野球観戦で、久々にプロの凄さを満喫しました。

太陽がまぶしく、初夏のような感じだったのが、一転して風がでて太陽が雲に隠れ、雨が降り出しました。

2月に夕立?

さすが宮崎だと、へんなところで感心しました。

始球式には、元ホークスの和田投手が登場しました。

和田投手は往年の剛速球を投げ込みました。こんなに早い始球式のボールは初めてみました。

雨が強くなったので、途中で帰りましたが、大満足でした。

今回のWBCも期待できそうです。

家に帰って、風呂に入って、ソフトバンクホークスラベルの焼酎「魔界への誘い」を飲みながら、本を読みました。

ジャイアンツの戸郷翔征投手の「覚悟」(講談社+α新書)です。

25歳の戸郷選手が書いた著書です。

戸郷投手は、野球を始めてから感じたこと、考えたことを自分なりの「野球ノート」に記すことが好きだったそうです。

野球とともに歩んできた自分の成長記録を、活字の書籍として残すのは嬉しい、とありました。

まだまだ野球選手としても人間としても発展途上の自分の「野球史」が、少しでも読者の方の心に響けば、これ以上の喜びはありません、とのこと。

覚悟して読ませていただきましたので、ハベレオ通信で紹介させていただきます。

戸郷投手は、サンマリンスタジアムを「出世球場」と呼んでいます。

戸郷投手は、サンマリンスタジアムの申し子のような存在だと思いました。そのため「戸郷サンマリン」と命名させていただきます。

まるで、水島新司さんの名作「男どアホウ甲子園」の主人公の藤村甲子園です。もしくは、東京六大学時代のライバルの慶應大の神宮響かも。古い。

サンマリンスタジアムの命名者は長嶋監督です。

そして、戸郷選手をドラフトで指名したのは、原辰徳監督。

つまり以下の方程式が成り立ちます。

戸郷サンマリン = 長嶋監督 + 原監督 

恐縮です。話を戻します。

戸郷選手の小学校時代の夢は、大人になったらプロ野球選手でした。

中学生で現実の厳しさを知り、公務員かマグロ漁師を目指すと方向転換します。

マグロ漁師は、釣り好きだったからだそうです。

高2の夏、甲子園のマウンドに実際に登り、ピッチャープレートを踏んだ瞬間に、「プロ野球選手になりたい!」との思いが突然に、再びこみ上げてきました。

最後の高3の夏は、宮崎県大会準々決勝で、日章学園に2対6で破れ、2年連続夏の甲子園の夢は潰えました。

しかし、8月31日にU18(アジア選手権大会日本代表)の壮行試合に、宮崎県選抜として登板するチャンスが巡ってきました。

日本最高峰の「高校侍JAPAN」のエリートたちを抑えたら、本当にプロに行ける!、と戸郷選手は、県大会で負けた後も、気合いを入れ直して準備しました。

サンマリンスタジアムのマウンドには宮崎県選抜の2番手で登場しました。

2点は取られましたが、自己最速149キロをマークし、5イニング1/3を投げて、16アウトのうち9個の三振を奪いました。

この結果、ドラフト前に10球団から調査書が届きました。

しかし、戸郷選手の投げ方は、アーム(腕)投げで、打者がタイミングを取りやすく、肩ヒジの故障のリスクが大きいといわれており、躊躇した球団も多かったのです。

ドラフト会議直前に、「スカウティング・レポート」の映像を観ながら、原辰徳監督と宮崎県担当の武田康スカウトとの間で、指名予定選手を吟味、確認する打ち合わせがありました。

原監督、この戸郷という高校3年生ピッチャーを「育成ドラフト1位」で指名しようと考えています。いかがでしょうか。

いえ、武田スカウト、ちょっと待ってください。この子の投げるボールの球威と球質には、豊かな将来性を感じますよ。

育成ではなく、(球団70人の)支配下選手に繰り上げて、ドラフト6位指名で獲得しましょう!

こうしたやりとりがあって、戸郷選手は、繰り上げ指名されました。

このドラフト会議直前のエピソードは、入団後に、原監督との初めての会話の中で、戸郷選手は直接聴いた事実だそうです。

一般企業なら、現場のトップにあたる原監督から、一介の新入社員である戸郷選手に直々に「採用の理由」を説明されて、激励されました。

戸郷投手は、入団1年目のペナントレースで2試合に投げただけですが、クライマックスシリーズの対阪神戦で投げています。

さらに、日本シリーズの対ソフトバンク戦にも登場しました。

1966年の堀内恒夫投手以来の53年ぶり球団3人目の高卒新人登板です。

このときは、ソフトバンクの猛打者相手に1イニングももたず、3安打2四球1奪三振4失点でした。

血相を変えた原監督にベンチ裏に呼ばれて、「逃げ腰のピッチングをするな!」と激怒されました。

高卒1年目、日本最高峰の日本シリーズの舞台は失敗の連続でした。

子どもの頃から憧れていた、ソフトバンクの内川選手、松田選手を弱冠19歳がいきなり抑えていたら、天狗になっていたかもしれない、失敗を成功に転じさせる努力が大事だと感じたと言っております。

戸郷選手は、原監督の目に留まる”推し”の映像を作ってくれたスカウトの方には、感謝の気持ちがいっぱいだと言っております。

この言葉は、普通の人には出ないと思いました。

戸郷投手は、阪神戦のヒーローインタビューのときに、甲子園球場のマウンドの整備を手がける人に感謝の言葉を表しています。

おそらく、巨人阪神戦で、戸郷投手が先発するときは、阪神甲子園球場のマウンド整備の担当の人は張り切るのではないかしら。

2024年5月24日の阪神戦で、戸郷投手がノーヒットノーランを達成したのは、偶然ではないような気がします。

先日のサンマリンスタジアムでは、アメリカから帰ってきた菅野智之投手の姿がありました。

戸郷ノートには、菅野投手からのメッセージが記されています。

ジャイアンツのエースとは勝てる投手だ。どんな相手でも、どんな状況でも期待しています。ジャイアンツを頼んだぞ

最後になぜサンマリンスタジアムが、出世球場なのか。その理由です。

2017年の高2の夏に、甲子園出場を決めた場所。

2018年の高3の晩夏に、高校侍JAPAN相手に登板し、スカウトの目に留まった場所。

2023年の春、WBCにおける「侍JAPAN」の事前合宿を行った場所。

そして、毎年の巨人の春期キャンプの場所。

「覚悟」を上梓した戸郷サンマリン投手、2026年のシーズンでのご活躍を期待しています。

ジャイアンツのエースナンバー18番をつけて、サンマリンスタジアムに登場される日を楽しみにしています。

いいなと思ったら応援しよう!