台湾は日本にならって国民皆保険にした国で、日本という「先進地」を常に観察し、いいところは取り入れてよくないところは取り入れない
厚労省の元健康局長が、宮崎にやってきました。
木城町にある石井十次資料館に行きました。
元局長は、膨大な資料の残る資料館と建物に圧倒されたと言っておりました。
説明してくださった方の石井十次愛の熱量に圧倒されました。
岡山にあった建物を解体して、それを船で高鍋まで運んで、そこから木城町の山の中まで運んで立て直しました。
これに14年も費やしたそうです。
石井十次の故郷宮崎への熱い想いが判ります。
元局長は、厚労省から岡山県に出向したことがあり、そのときに石井十次のことを聞いたと言っておりました。
元局長が資料館に電話をかけたところ、宮崎に来る日は休館だったのですが、特別に開けてくれたそうです。
たまたま理事長もおられて、お話を伺うことができました。
理事長の息子さんは、小児科医だとのこと。
児童福祉の父の石井十次の血をひくので、小児科医を目指したのか、それはわからないと言っておられました。

西都原古墳群に行き、新しくなったこの花館で食事をしました。
古墳の石室の中に入れるという体験には、いたく感動されておりました。

ホームホスピス宮崎の「かあさんの家」に行きました。
私は、全く知りませんでしたが、元局長は厚労省にいたときに一度来ており、今回が二度目だと行っておりました。
市原理事長は、「局長さんが視察に来てから、厚労省からの視察者があいついだ」と言っておられました。
厚労省に戻って、「宮崎のかあさんの家のホームホスピスを見に行け」と、省内で宣伝していたとのことでした。
理事さんの亡くなった奥さまは医師で、このホームホスピスの運営を支援していたそうです。
亡くなった奥さまと元局長が、医学部の同級生だったことが判明しました。
思わぬ縁に、一同が驚きました。
この日は、生目台にあるかあさんの家と、日中一時支援・短期入所・訪問看護ステーションのある「HALEたちばな」、訪問診療などの在宅医療を行う「みつばち診療所」を視察させていただきました。
宮崎にもこのような取組があったのですね。
知らなかったです。

市原理事長は、翌日から台湾に出張すると言っていました。
台湾でも緩和ケアについて感心が高まっており、宮崎のホームホスピスの取り組みを勉強したいということで、台湾の厚生省の副大臣から呼ばれたそうです。
台湾は日本にならって国民皆保険にした国ですが、日本という「先進地」を常に観察しており、いいところは取り入れて、よくないところは取り入れないそうです。
台湾的に、日本でよくないところは、
総合診療医の専門家を育てていないところ、
臓器移植が進まないところ、
医療Dxが遅れているところ
でしょうか。
逆に、ホームホスピスは日本が進んでいるので、取り入れようとしているそうです。
ホームホスピスは、市原さんたちが始めた、まさに宮崎発の、病や障碍があっても最期まで個人の尊厳をもって暮らせる「家」です。
ホーム「home」には、「地域」や「家族」とという意味があります。
ホームホスピスを、住み慣れた地域におけるもう一つの「家」ととらえて、そこにケアを必要とする人が少人数でともに暮らし、それぞれにホスピスケアのチームが入ってサポートする仕組みを作っています。
「家」であるとともに、その地域の保健・医療・福祉とつながって、住み慣れた地域で最期まで安心して暮らせるまちづくりを目指しています。
日本のホスピス病棟は、がんやエイズ、心不全の末期にある人を対象として、これ以上治療の可能性が亡くなった人が最後を過ごす場所としてとらえています。
ホームホスピスは、がんに限らずあらゆる病や障碍をもって困難に直面している人とその家族がケアの対象です。
視察に来られて、寄付をした方の名前のあるパネルが張られておりました。
その中で、知った名前を見つけました。

3月に西米良村のかりこぼうずの橋の下で魚釣りをしていたときに、電話をかけてきた在宅ターミナルケアの専門の小笠原文雄先生でした。
小笠原先生は、透析患者に緩和ケアがないという堀川恵子さんの本「透析を止めた日」を紹介してくれました。
そのときに、「宮崎市にある市原さんのかあさんの家を見に行くように」と言っておりましたが、全く忘れておりました。
パネルを見て、突然、電話で言われたことを思い出しました。

厚労省の局長の名前を4人見つけました。
健康局のがん対策・健康増進課長のときにがんの緩和ケアを担当しましたが、そのときに宮崎のホームホスピスの取組は聞いたことがありません。
宮崎に帰って3年目ですが、このとき初めて知りました。
医療機器を担当していた研究開発振興課長でしたが、宮崎発の医療機器メーカーの「メディキット」も知りませんでした。
もっと地元のことを勉強しないといけないと、宮崎のかあさんからいわれたような気がします。
