サミット開催国で、サルが棲む国は日本だけである
今から三〇年前に青森県むつ保健所に勤務していたときの話です。
医師会の先生方と一緒に飲みに行ったときに、カウンターの隣に新聞記者がいました。
自己紹介をしますと、「保健所で何か面白いことはありませんか?」とさっそく聞かれました。
うーんと考え込んだところ、そういえば先週、ツツガムシ病の患者発生の届け出があったことを思い出しました。
「今年初めてのツツガムシ病の患者発生の報告があったくらいですかねー」と笑ったら、記者の顔が真剣になりました。
「どうしてそんないいネタを公表しないのですか」とかなりきつく言われました。
こちらも困って「そんな珍しいことでもないので……、ツツガムシとかニュースバリューはないのでは?」と言ったら叱られました。
「ニュースにするかしないかの判断は、こちらの仕事です」
逆に、どんなことがネタになるのかなど逆取材をしてみました。
取材以外で新聞記者と話すのは初めてだったので、なかなか勉強になりました。

記者クラブへの投げ込みは、毎日山のようにある。
投げ込み資料を見て、面白そうだと思ったものをピックアップして取材に行く。
記者はいつも記事になるものを探している。
毎日の紙面を埋めなければならないという使命がある。
投げ込みの資料は一枚にして、イベント名、日時、場所、簡単な内容、連絡先が書いてあれば、記者は判断できる。
興味があれば、連絡先にある担当者に電話をかけて、内容を聞き、面白そうだと感じたら、取材に行く。
分厚い資料があっても読まない。
そもそも読む暇がない。資料を読むより担当者に聞いた方が早い。
実は、社会部には、「困ったときの厚生省」という言葉がある。
ネタがないときは、厚生省に取材にいけば、必ず面白いものが見つかるという言い伝えがある。
厚生省ネタは、健康や福祉の話は生活に直結しているので、住民の関心が高く、記事にする価値がある。
新聞を読むのは高齢者。若い人は読まない。年寄り向けのネタがうける。
今年初めてとか、史上初とか、とにかく「初めてネタ」は記事にしやすい。
社内で「記事にする価値があるのか?」とデスクに聞かれても、「史上初めてです」と答えると通る。
今年初めてツツガムシ病が発生したというネタは記事にできたのに、保健所が公表しないから記事がかけない。
ツツガムシへの注意事項を記事にすれば、県民への注意喚起の啓発にもなる。
これまで保健所の投げ込みを見たことはない。
今後は、保健所も積極的に記者クラブに投げ込んで欲しい。

とまあ、こんな内容でした。
そこで、保健所の役付き会で、積極的に記者クラブに投げ込もうということになりました。
むつ市役所内に記者クラブがあり、イベントの前には、一枚紙をつくって必要部数印刷して持って行きました。
簡単なことですが、絶大な効果がありました。
風間浦村で、村と保健所が共同して母と子の歯科教育をするという投げ込みをしたところ、なんとNHKがカメラをもってやってきました。
ところが、集まったのは親子二組。
保健所の栄養士が、NHKのクルーに「すいません。せっかく取材にきていただいたのに、集まりが悪くて」と謝罪しました。
しかし、NHKの記者は「いえいえ、大丈夫です。田舎ほどいいんです」と自信満々。
後日、NHKの夕方の地方版で、風間浦村での母と子の歯科教室の様子が報道されました。
映像を見て驚いたのは、とても二組しかいないという閑散な状況ではなく、盛大に三〇組くらい来ているような光景だったのです。
さすが映像のプロ。感動しました。
保健所の栄養士のインタビューもあり、いろんなところからテレビを見たという連絡が入って、保健所と風間浦村の士気が上がりました。
これまでの保健所の活動で、NHKが取材に来たことはありませんでした。

記者に言われてツツガムシを調べてみたところ、北海道にツツガムシはおらず、下北半島のツツガムシは日本最北でした。
下北半島には、脇ノ沢という地域に「北限のサル」がいて有名でした。
宮崎県の幸島のサルはイモを海水で洗う珍しいサルですが、サルはそもそも熱帯に多くおり、ニホンザルは世界の最北端に棲む珍しいサルです。
ちなみに、サミット開催国でサルが棲む国は日本だけ!
翌年のツツガムシの投げ込みは、「北限のツツガムシ、今年初めての発生」というタイトルで、むつ保健所管内の過去五年間の発生件数と地図を付けたところ、かなり大きく報道されました。
記者さんのおかげで、健康情報を広く発信することができました。
こうしたメディアをつかった健康教育の手法について、公衆衛生の教科書で解説してもらうと、現場の人たちが喜ぶでしょうね。

