2時間30分を切るマラソンランナーは、お互いの存在を尊敬しあうようになる
青島太平洋マラソンに出られた方々、
おつかれさまでした!
厚労省にいたときに富山県の東京事務所の人が、「今週末、アオタイで走るので宮崎に行きます」
と興奮して言いに来たことがあります。
私は何のことか判らず
「アオタイって何?」
と聞いたら、あきれられたことがありました。
富山県にも「蜃気楼マラソン」があるのですが、青島・太平洋マラソンの大ファンでした。
県外の人にも愛されるマラソン大会
となっているのですね。
私が健康局がん対策・健康増進課長だった頃の
審議官は農水省から出向してきた方でした。
マラソン愛好家で、フルマラソンは3時間を切ると評判でした。
ところが、灯台元暗し。
同じ課にいた医系技官のN君は、
筑波大医学部時代に2時間30分を切るほどで、
本学の駅伝部の選手より早かった
と言っていました。
健康局の職員の中には、同好会を作って、
夜に皇居の周りを走っている人がいました。
皇居の周囲は、
ジョギングコースとして世界的に有名で、
世界中から
憧れのコースを走りたいという
人が集まってきます。
話を聞いて、驚きました。
確かに、外人が多かったと記憶しています。
産業医大から労働衛生課に人事交流で来た
医系技官のK君は、
夜が遅くなるとタクシーではなく、
走って埼玉県の自宅まで帰っておりました。
彼は、別府大分マラソンなどに出て2時間30分を切るような実力者でした。
さらに、将棋が強く、
プロ棋士を目指そうとしたこともある
という才人でした。
将棋好きが高じて、
今はなんと日本将棋連盟の産業医
となっています。
藤井聡太名人の活躍もあり、
将棋界は空前の人気ですが、
実は、棋士の健康管理は大変らしいです。
日々勝負の世界に生きているので、
酒やギャンブル依存に
なってしまうこともあるとのこと。

防衛省にいたときに、
当時の日本将棋連盟の佐藤康光会長に
講演をしていただいたことがあります。
現会長の羽生善治さんとはライバルで、
常にタイトル戦で対決していました。
私は、将棋は全くしないのですが、
父は、毎週日曜日のNHKの将棋番組をみて
勉強するほどの将棋ファンでした。
父が買っていた将棋の雑誌を読んでみたところ、
面白い話が満載でした。
「神武天皇以来の天才」とか、
「光速の寄せ」とか、
「終盤の魔術師」とか、
棋士のあだ名も「盛りすぎ!」でした。
漫画でも、将棋を描いたものがあります。
山本おさむさんの「聖-天才羽生が恐れた男」は、若くして亡くなった村山聖棋士
のことを描いております。
子供の頃から腎臓病で、
病院に入院することが多かったのです。
入院中に覚えた将棋が、生きる支えとなり、
プロ棋士になりました。
控え室で点滴を打ちながら、対戦をしました。
ライバルとして
羽生善治さんや佐藤康光さんが登場します。
佐藤会長と初めてお会いしたときに、
「聖の漫画と同じ顔ですね」
と言ったら、笑っていました。
失礼を致しました。

佐藤会長とは、
私の後輩の将棋連盟の産業医のおかげで、
一緒に食事をする機会がありました。
このとき、この産業医は、
タレントの猫ひろしさんを連れてきたのです。
マラソン中に、
30キロ地点で励まし合ったことが
交流するきっかけになったとのこと。
2時間30分を切るランナーは、
お互いの存在を尊敬しあうようになるそうです。
猫さんは、アルコールは飲みませんでした。
身体が受け付けないと言っておられました。
最後に、「ニャー」という
猫さんの唯一のギャグ(失礼)で
写真を撮りました。
マラソンランナーといい
棋士といい、
勝負の世界に生きる人の世界は大変厳しいです。

ナイキのヒット商品に「ヴェイパーフライ」というランニングシューズがあります。
世界中の陸上選手が使っていて、
さまざまな大会で新記録を出した人は、
ほぼこのシューズを使っていたと言われています。
ピンク色をしているので、
「あー、あれか」と判ると思います。
厚底シューズです。
昔は、ランニングシューズは、
底が薄かったものが主流でした。
軽量化こそが選手の疲労軽減につながる、
と考えられていたからです。
ヴェイパーフライは、
逆にソール部分を厚底にして、
そこにカーボンのプレートを入れることによって高い反発力と推進力を生み出し、
アスリートの体力消耗を大幅に減らしたのです。
このようなランニングシューズが生まれたのは、アスリートの体力消耗を
いかに小さくするかという
問題意識がありました。
その研究開発には、
ものすごい時間や費用、
何よりもそのアイデアを形にした
人たちの自己犠牲的な努力がありました。
ナイキは、「体力を温存できる何か」を
徹底的に探しました。
体力を温存するためには、
シューズの反発力を高めればいいと、
「厚底」に行き着いたのです。
これにより、アスリートが長年抱えていた問題を解決しました。
ヴェイパーフライは、
世界的なヒット商品となります。
それを履いた陸上選手が
どんどん新記録を打ち立てたことで、
市民ランナーも履くようになりました。
一般消費者の間にも認知され、
ヒット商品となったのです。
ナイキは、
顧客であるランナーに
利益や幸せをもたらすことにより、
自分も利益を得ることに成功したのです。
ナイキは、
マーケティングに
年間4000億円以上の予算を
投入しているそうです。
これだけの予算を
マーケティングに割けるスポーツ会社は、
世界ではアメリカのナイキと
ドイツのアディダスだけだそうです。
プーマやアシックスは売り上げの規模が、
4000億~5000億ということなので、
勝負になりません。

安全衛生部長だったときに
全国安全大会があり、
延岡の旭化成の宋兄弟とライバルだった
瀬古利彦選手が基調講演をされました。
ケニアにナイキの研究所があり、
マラソンランナーに
ナイキが開発したシューズを履かせて
走らせてデータを集めている話をしました。
世界陸上やオリンピックでメダルを取れば、
貧困から抜け出せるチャンスで、
一族のために頑張っているということでした。
こうしたアフリカ勢と
マラソンを走って勝つためにも、
自分は、
オリンピックの選考会を一つにする
と言っていました。
シューズ一つをとっても、
さまざまなドラマがあることを知りました。
その昔、足袋を作る弱小メーカーが、
マラソンシューズをつくるという
ドラマがありました。
TBSドラマの「陸王」です。
俳優のピエール瀧さんが、
大手スポーツ会社の
シューズ開発部長の役を演じており、
敵役としていい味を出していましたが、
コカイン使用で逮捕されました。
ドラマの教訓は「麻薬はダメ、絶対」
だったような気がします。違うか。

なにはともあれ、
顧客のニーズを的確につかんで、
それを解決できる商品を生み出していく
企業は強いです。
ナイキは、研究開発した製品を、
アフリカの将来のメダリスト候補者に履かせて、データを集めます。
完成した製品は、
世界のスーパースターに使わせて、
大々的に世界に向けてPRします。
これがナイキのビジネスモデルです。
ナイキの創始者は、
日本のシューズメーカーである「鬼塚」
で修行をしていました。
私たちが高校の頃は、
鬼塚のシューズの方が断然上でした。
NIKEを見て「ニッケ」と呼んだ
同級生がいたことを、ここに記録しておきます。
鬼塚は今のアシックスです。
ニッケは、浅田飴にあったと記憶しております。
すいません。
私は、
小学生の頃に肝油があった昭和の人間です。
羽海野チカさんの漫画「3月のライオン」には、
村山聖さんがモデルの
病気のライバルが登場します。
NIKEの話は、奥野一成さんの本に詳しいです。
奥野さんの投資の本は、
公衆衛生的にも面白いのですが、
これは別の機会に。
