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「須く、一歩進む」は、脚気をめぐる日本初の医学論争を軸に、高木兼寛の情熱的な半生を描いた物語である

先週の土曜日に、宮崎の偉人高木兼寛の顕彰演劇「須(すべから)く、一歩進む」を見ました。

東京と宮崎で公演があり、宮崎は4月3日(金)の夜、4日(土)の昼と夜の3回公演が行われています。

私が見た土曜日の昼の会場のメディキット県民文化センター演劇ホールでの公演は、ほぼ満員でした。

高木兼寛公顕彰演劇宮崎公演実行委員会の会長は、宮崎県医師会の河野雅行会長でした。

実行委員会を構成するのは、宮崎県医師会をはじめ15団体からなっております。

他は、宮崎市郡医師会、宮崎大学、宮崎県看護大学、九州医療科学大学、宮崎商工会議所、高岡町商工会、宮崎県立芸術劇場、宮崎日日新聞社、NHK宮崎放送局、MRT宮崎放送、UMKテレビ宮崎、高木兼寛顕彰会、宮崎市、宮崎市教育委員会です。

後援は、宮崎県、宮崎県教育委員会、東京慈恵会医科大学、東京慈恵会医科大学同窓会でした。

パンフレットには、主催者を代表して河野会長のあいさつがありました。

県内40を超える企業、団体、個人から多大なるご協賛と温かいご寄付を賜りました。

この皆様からの尊いご支援により「次世代を担う子供たちにこの物語を届けたい」という私たちの願いが叶い、高校生以下の無料招待を実現することができました」とありました。

「須く、一歩進む」は、脚気をめぐる日本初の医学論争を軸に、兼寛公の情熱的な半生を描いた物語です。

本作は、兼寛公が創設された東京慈恵会医科大学からも推薦をいただいており、確かな学術的知見に基づいた内容となっております。

医学の常識を覆すべく孤独に闘い、一歩ずつ真理へと歩み続けた執念。

その根底に流れる「慈恵(じけい)」の精神を、ぜひ肌で感じていただければ幸いです。

兼寛公が遺した「病気を診ずして病人を診よ」という精神は、現代を生きる私たちにとっても、忘れてはならない「人間愛」の原点です。

明治という激動の時代を、故郷・宮崎への想いを胸に駆け抜けた一人の男の熱きドラマがいよいよ膜をあげます。

本日の舞台が、皆様にとって郷土の誇りを再発見し、未来へ向かって「一歩進む」勇気を受け取る機会となりますことを願い、挨拶をさせていただきます。

高木兼寛は、嘉永2(1849)年に、現在の宮崎市高岡町に生まれており、地元の高岡町の関係者の方々が多く参加されておりました。

高岡町の顕彰会の方がパネル写真を展示して兼寛伝の漫画などの書籍やパンフレットを配っており、高岡町商工会青年部の方が、のぼり旗を立てて、新ラベルの「宮崎高岡・海軍医カレー」を販売しておりました。

私は、配布されているあらゆる資料をゲットするとともに、海軍医カレーを2個買いました。

宮崎市健康管理部の宇都宮部長が案内役をしていたので、「なぜ?」と聞いたところ、「前職が高岡支庁勤務だった」からだそうです。

パンフレットには、脚本と演出を担当された村田裕子さんの言葉もありました。

本舞台の主人公、高木兼寛は、明治時代に薩摩藩日向国、今の宮崎市に生まれ、その後、留学先のイギリスで医学を修め、脚気の解決に先鞭をつけました。

その功績は世界的に認められ、南極に「高木岬」と名を冠した地名があるほどです。

また高木は、当時発展途上の日本の医療改善に尽力し、医者・看護婦を養成する東京慈恵会医科大学の創設、また病院の設立をしました。

なんて書いていますが、私が高木兼寛を知ったのは4年前です。

お恥ずかしながら、それまで全く知りませんでした。

調べてびっくり!

何でこんな凄い人を、私たちは知らないんだ!

もっと知ってもらわなければ!

そして、宮崎の地に、高木兼寛先生を立たせねば! と勝手に奮闘し始めました。

この度、東京においては、高木兼寛が創設した、東京慈恵会医科大学の後援、東京慈恵会医科大学同窓会の協賛を頂き、宮崎においては、高木兼寛公顕彰演劇宮崎公演実行委員会が立ち上がり、宮崎市をあげての応援、ご支援を得て、東京・宮崎の二都市で開催する運びとなりました。

多大なご協力をいただきましたことを、この場をおかりして御礼申し上げます。

高木兼寛は、自身の栄誉も名誉も捨て、人命の為、真実の為に力を尽くした人です。

この「人として当然のこと」が、如何に難しいか。

特に、権威と言われる人々から非難を受け、また世論からも評価されない中、高木がいかに厳しい荒波の中に生きたかは想像に難くありません。

それでも高木は、たゆまず、更に前に進んだのです。

今を生きる私たちが、歴史から何を学ぶか。どう考え、どう生きるか。

この作品が、次へ、一歩進む、勇気になればと思っています。

私の座席は、なんとなんと1番前の列でした。

プロの俳優の演技を間近で見ることができました。

主人公を演じたのは、佐藤銀平さん。佐藤B昨さんの息子さんで、そっくりでした。

海軍士官を演じた岡田篤弥さんは、海軍軍人そのものでした。

4月からのNHK朝ドラ「風、薫る」にも登場する大山捨松を演じた川添美和さんは、美しく素敵な宮崎弁の台詞をしゃべっておりました。

お名前からも推察するに、宮崎県出身かと思います。ネイティブの発音でした!

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