英国の整形外科医チャーンリーは、軍医としての経験をもとに人工股関節を生み出した
第二次世界大戦で英国の医師チャーンリーは、陸軍医療部隊の一員で、ダンケルクの大撤退戦で負傷した兵士の世話をしました。
チャーンリーは軍の技術に魅了されます。
兵器や軍の装備品だけでなく負傷者のための義手や義足、医師のための外科器具まで作っていました。
影響されたチャーンリーは、下肢装具など数種類の装具を考案します。
戦後、チャーンリーは、整形外科医で経験を積みました。
骨の構造と病期と修復期における骨の様々な層の役割を研究します。
チャーンリーは、自ら人体実験を繰り返しました。
そうして股関節置換手術の技術を開発しました。
骨盤にあるカップ型の骨と大腿骨の骨頭を除去し、それらを人工材料でできた受け皿と球のセットに置き換えるものです。
この手術の開発は、材料や機械、手術技術の革新を伴うものでした。
チャーンリーは、経歴の全体を通じて、技術者と旋盤工、機械工、材料技術者と密接に働いています。
軍医としての経験が、人工股関節を生み出したと言ってもいいと思います。

野本遼平さんの「ゼロから創らない戦略 イノベーションを駆動する価値移転の法則」(日本経済新聞社)を読みました。
この中のコラムに、「軍需産業からの価値移転は、経済成長の強力なエンジン」と書かれてあったのに、感銘を受けました。
私がいつもつかっているインターネットや車のGPSは、もともとは軍事目的で開発されたテクノロジーです。
アメリカのシリコンバレーは、「軍需」という外部経済からの恩恵に預かったとありました。
第二次世界大戦から冷戦へと続く長い緊張の時代に、米国政府は、軍事関連の最先端分野に、採算度外視で、惜しみなく資金と人材を投入しました。
大学や民間企業もこの巨大プロジェクトに組み込まれ、軍事目的で開発したテクノロジーを共有しながら、次の応用を見据えて改良を重ねてきました。
冷戦が終わる頃には軍需という「外部経済」っから、民生市場という「内部経済」に持ち込まれる準備が整っていたのです。
軍事研究の成果はそのままでは一般消費者のニーズを満たすことはできませんが、投資家たちが、リスクを取って新技術の事業化を支えることになります。
50年代以降、個人や事業会社がこぞってスタートアップへ出資するようになります。
軍事プロジェクトからスピンアウトした技術者や研究者は、この資金に後押しされて独立・起業し、シリコンバレーでは「軍事技術 → 企業 → 新市場」という連鎖が次々と生まれました。
世界各地で「自前のシリコンバレー」の創出を目指す試みは後を絶ちませんが、シリコンバレーの躍進を、単に「テクノロジーとリスクテイクの環境」という枠組みで理解してはいけないと、野本さんは言っております
国家は、戦争などの国同士の競争をっきっかけに「投資家」として教育やテクノロジーの強化を推し進める傾向にあり、危機意識に突き動かされた国家による採算度外視の先行投資と、その後に実行された価値移転のプロセスにも十分に気を配るべきだと述べています。

戦後日本の経済成長、とりわけ重工業産業の発展も、軍需産業からの価値移転が寄与したとおっしゃっています。
1930年代には、第二次世界大戦に向けた軍需産業の大規模な整備が行われました。
長沼伸一郎さんによれば、次のようです。
当時の日本の状況では重工業の育成には膨大な初期投資が必要であり、まともな経済の論理からすれば到底元がとれず、そのため本来ならっこんなアジアの国が重工業化に成功するなど常識的にはほとんどあり得ない。
経済破綻をものともせず国力を狂気のように兵器生産のための重工業部門に注ぎ込むことで、結果的に日本には「まともな」経済論理のもとでは生じ得なかったほどの技術的蓄積がなされ、戦後その大部分が生き残り、重工業が欧米との競争に伍していくための橋頭堡となった。
トヨタ自動車は、トラック等の軍事生産を行い、その技術や設備は戦後の民間生産に転用されました。
かつて軍需産業だった多くの企業が、戦後の造船、航空機、鉄鋼、機械産業の中核を担うようになり、兵器生産のための鉄鋼製造施設、航空機や戦車の組み立てラインが、戦後の産業発展に向けた資産として残されました。
設備のみならず、戦時中に体得された大量生産技術や品質管理手法も民間に転用され、特に自動車産業や電気産業の発展に寄与したとされています。

戦後の日本がなぜ、経済成長を遂げることができたのか、不思議に思っておりました。
朝鮮戦争で回復したと聞いたことがありましたが、そんな単純な理由ではないだろうと感じておりました。
採算を度外視した軍需への人材や資源の投入が、戦後になって民間に転用されたことが影響していることがよく理解できました。
人工股関節も軍需から民間に転用されたのだと思います。
リハビリテーション医学は、戦争によって発展しています。
ミリタリー・メディスンへの理解は、将来の医学を考える上で必須の知識だと思います。
現在の日本人に一番抜けているのが、ミリタリーの知識でしょう。
これから医療もミリタリーの知識が必要です。
