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千円札は公衆衛生である

北里柴三郎が千円札に採用されて、公衆衛生医師として喜んでおります。

出身地である熊本県小国町に北里柴三郎記念館があります。

私は、ここでマグカップを買いました。

毎朝、このマグカップでコーヒーを飲んでから、勤務先に出発しております。

学校法人北里研究所北里柴三郎記念室が作成した「北里柴三郎ー伝染病の征圧は私の使命ー」も買っていたのですが、一度も開いて読んでおりませんでした。

4月の異動の際の、引っ越し作業で再び私の目に留まり、中身を読んですこぶるよかったのでハベレオ通信で紹介させていただきます。

北里柴三郎が医学生だった明治11年に書いた演説原稿「医道論」が遺されています。

北里は、明治10年頃に、同盟社という学生結社を組織していました。

その目的は「男子が社会活動を志す以上は雄弁でなければならない」として、毎週土曜日に演説会を開き、あらゆる問題に熱弁を奮い、互いに切磋琢磨していました。

医道論は演説の原稿で、その中で予防医学とその普及の必要性を熱く説いています。

「原文は漢文調で格調高く、青年らしい悲憤慷慨の様子が読み取れる」と書かれてありました。

医道論の要約です。

昔の人は、医は仁の術、また、大医は国を治すとは善いことをいう。

医の真の在り方は、大衆に健康を保たせ安心して職に就かせて国を豊かに強く発展させる事にある。

人が養生法を知らないと身体を健康に保てず、健康でないと生活を満たせる訳がない。

人民に健康法を説いて身体の大切さを知らせ、病を未然に防ぐのが医道の基本である。

ところが、医者という地位にいて勉強せず、ただ自身の生計を目当てに病気を治すことだけで満足し、もっぱら権力者や金持ちを相手に、目先の事だけに走って基本を大切にしない。

今の医者は病気を治すことだけに勤め、はなはだしきは自分の栄華だけを祈る。

そうなると、病気が減るより、むしろ増えるのを欲するようになり、仁術どころか医道の賊である。

ある人が、お前の言うようにすると医者は皆、研究を怠る様にになると言うが、それは未だ私の意を解していない。

病気を未然に防ぐ為には、病気の原因と治療、つまり、医術を徹底的に理解しないと達成できない。

真の医を施すには医術の充分な研究が必要である。

医学を志す者は理論技術とも甲乙なく徹底的に勉強する必要がある。

日本では昔から医学は賎学と見なされ、大志を抱く者は決して医学を志向しない。

医学を賎業と見るのは、医道が衰退した為で医者自身が為した天罰である。

医者が自分の栄華だけを祈り、権力者や富豪に迎合することばかりを考えたため、識者から軽蔑され、だから大志を抱く者は医業を嫌って遠ざける。

従って医学は発展せず、人民もその任務の重要さを知らない。

これが医学が衰退し、真の医道を探求できない原因で、実に悲嘆の至りだ。

だから、今から医学に入る者は、大いに発憤勉励し、この悪弊を捨て、医道の真意を理解せねばならない。

今の学生の風潮をよく見ると、その意思は軽薄で、贅沢に走り、うわべを飾るだけで満足している。

医学生の全部が金持ちの子ではなく、東大生もその半数は人民の血税を学資としている。

人民は日夜辛苦して一日も休む暇なく困窮の中で納税した金なのに、それを無駄遣いして知らぬ顔をし、自分の実力で学問が進歩するのだから、国が資金を与えるのと思い違いをしているなら、とんでもないことである。

このような者が就職すると、栄華を求め、更には病気を未然に防ぐよりも増えるのを欲するようになれば、人民や国に対しても面目ない。

自分に同感の有志は一緒に憤慨し、この悪弊を今や洗い去ろうではないか。

人民に保健の方法を教えるのは警察の職務と思い誤り、例えば、昨年のコレラ流行時に、国が尽力して隔離病院を設け、入院治療をしようとすれば、人民は怒って入院を嫌う。

それは体の大切さを知らさず、養生の必然性を教えていないからだ。

東京は委員の勉強と熱意で蔓延を防げたが、他の諸県の報道では、あの惨事で多くの死者がでている。

この過ちは医者の責任に他ならない。

医者が真心込めて大衆を誘導すれば国に大きな利益と隆盛を与えることになる。

国が人民にやる気を起こさせなければ、決して真の文明開化とはいえない。

医業は何と大きな仕事だろうか。

決して賎業などではありえない。

私は、厚労省に勤務していたときは、日本医師会館に何度も通いました。

会館1階の入り口近くには、日本医師会の初代会長だった北里柴三郎の碑があります。

会長に就任した北里は、学生時代からの持論「医師の役目とは病気を防ぎ、国民の保健の向上を図ること」を目標に掲げ、絶えず医界の改善を図りました。

慶応大学に医学部を創設したのも北里です。

そのときの北里の自慢は、予防医学教室を設けたことでした。

他の大学医学部にはありませんでした。

北里門下の教官が公衆衛生学を教えました。

厚労省は、日本最大の医局と呼ばれ、様々な大学出身の医系技官がいます。

私が勤務していたときは慶応大学医学部の出身者が最多で、なぜ多いのか理由はわかりませんでした。

その理由は、北里柴三郎にあったのかと、今わかった次第です。

千円札は公衆衛生です!

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