ウィルヒョウの細胞病理学によって、形態病理学や実験病理学が発達して、医学が科学となり今日に至っている
富山県を流れる神通川の上流の岐阜県側に神岡鉱山があり、亜鉛や鉛を多く産出していまました。
算出する過程で、排出されるカドミウムが神通川を汚染して、この川の水や汚染された田んぼに実った米を通じて、体内に入ることによって起こされた公害病です。
富山県では、カドミウムに汚染された地域に住んでいた人で、イタイイタイ病の疑いのある患者さんから申請があると、環境庁が示した認定基準に基づき審査を行っていました。
基準に合致して、認定患者と認められた場合には、原因企業である三井金属が補償金を支払っていました。
富山県の審査会には、県内外から腎臓や骨などの専門家に集まってもらって行っていました。
お忙しい専門の先生方が出席しやすいように、三連休の中日に行われることが多かったです。
一番重視したのは、骨の病理所見です。
骨の組織を採取して(生検)標本をつくって顕微鏡でその組織像を調べるのです。
患者団体からは、骨の生検は痛みを伴うことから、患者に苦痛を与える検査ではなく、主治医の意見を尊重したX線の画像所見だけで認めるべきだという意見が出されていました。
環境庁の認定基準に従って認定作業を行っている富山県としては、国の定めたどおりにやる、と答えておりました。

県庁の記者クラブに所属する全国紙の記者がやってきて質問をしてきました。
「どうして県は痛みを伴う検査で認定をするのか。主治医の意見を尊重するべきではないか」
「痛みを伴う検査とは、骨生検のことですか?」
記者は、当然という態度で、鼻の穴を膨らませました。
私は、頭にきて演説をしました。
貴方の新聞は、「生検」という言葉を使わないのか?
普通に「がんの生検」と使っているではないか?
「痛みを伴う検査」とは何事か?
検体採取するときには、当然麻酔をする。
医学的検査であって拷問ではない。そんないい方は、失礼ではないか。
そもそも医学において、組織を採取して顕微鏡で病理所見を確認することは、確定診断をすることだ。
貴方は、医学で最も大切な確定診断をするなというのか?
昔は、個々の医師が勝手に病名を付けていた。
それではいかんと、患者の病変部位から組織を取って顕微鏡を見て、細胞に変化があることを観察して、診断することにした。
こうしてがんや炎症などの細胞の変化を観察して診断する「病理学」が確立した。
これを確立させたのが、ドイツのウィルヒョウだ。
ウィルヒョウの細胞病理学によって、形態病理学や実験病理学が発達して、医学が科学となり今日に至っている。
それが医学の歴史だ。
貴方の新聞は、150年前の医学に戻せというのか?
ウィルヒョウに対して申し訳がたたない。
私の目が黒いうちは、病理学を否定することなどあり得ない!

ついに、この記者は退散しました。
二度と私のところには取材に来ませんでした。
半年後、記者が近畿地方の支局に異動が決まり、そのときにはお別れの挨拶にやってきました。
ウィルヒョウの話をした記者は支局長になっており、今も年賀状が届きます。
