ウイルヒョウのダブルセブンは、この世の病気は7種類、病気の社会的決定要因(SDH)も7種類を意味する
福嶋敬宣先生の「小説みたいに楽しく読める病理学講義」(羊土社)を読みました。
福嶋先生は、自治医大の病理学の教授です。
消費税込みで2860円もする本でしたので、本当は買う予定はありませんでしたが、宮崎医科大学のご出身ということで、宮崎繋がりで購入しました。
小説みたいに楽しく読めるか?
そういう疑問は払拭され、本当に楽しく読めました。
これは宮崎びいきからくるものではなく正直な感想です。
冒頭に、「うさぎ追いしー山際勝三郎物語ー」という映画が紹介されていました。
主役は遠藤憲一さん。北大路欣也さんと水野真紀さんが脇を固めております。
実験病理学の象徴的存在ともいえる東京大学病理学教室の研究者であった山際勝三郎が、ウサギの耳にコールタールを毎日塗り続け、世界で初めてがんを発生された話で、化学発がん研究の礎を築いた、非常に重要な実験として病理学の歴史に刻まれております。
福嶋先生は「ザ・実験病理学」と言っております。
なんとなく、「ザ・ガードマン」のような昭和のノリが嬉しいです。わかるかなあ、わかんねーだろうなあ。(←恐縮です。私が中学生の頃にはやったカップ焼きそばU.F.O.の宣伝です。)
スティーブン・ジョブズの死因のコラムも面白かった。
死因は膵がんで亡くなったと報道がありましたが、実は違っていたとのこと。
福嶋先生はコラムで次のように解説しています。
ジョブズが罹患したのは、一般的な「膵がん」とは異なる「膵臓の神経内分泌腫瘍」という悪性腫瘍でした。
マスコミの多くは、単に「膵がん」と報じましたが、病理学的には全く別の種類の腫瘍だったのです。
一般的な膵がんは、膵臓の消化液を運ぶ膵管の上皮細胞から発生する膵管腺がんを指すことがほとんどです。
これは非常に悪性度が高く、早期発見が難しく、進行も速いため、発見後の平均余命が数ヶ月から1年、手術ができる状態で見つかっても2年程度と極めて厳しい予後がしられています。5年生存率は10%。
一方、ジョブズの罹患した膵臓神経内分泌腫瘍は、膵臓のホルモン産生細胞(内分泌細胞)に由来します。
悪性度は様々ですが、膵管腺がんと比較すると進行が比較的遅く、比較的良好な予後を示すケースも少なくありません。
ジョブズも2003年に診断されてから亡くなるまで8年の歳月がありました。
ここに、なぜこの腫瘍を判別することが重要なのかの答えがあります。
それは、治療方針が根本的に異なるからです。
膵管腺がんに対する治療薬が、膵臓神経内分泌腫瘍には効果がない、あるいは治療薬自体が全く異なるということが現在では常識になっています。
不正確な情報が広まると、類似した病気の患者さんやそのご家族が誤った認識を持ち、不必要な不安を感じたり、間違った治療法に期待を抱いたりするリスクがあります。
病理医が顕微鏡下で観察し、細胞の形態や増殖様式、免疫組織化学染色などを用いて行う組織診断は、単なる病名をつける作業ではありません。
それは、腫瘍の生物学的特性を明らかにし、適切な治療選択へと導くための専門的で不可欠なプロセスです。
メディアが情報を伝える際には、わかりやすさを重視するあまり、医学的な厳密性が犠牲になることがあります。
しかし、私たち医学に関わる人間は、その「違い」を認識し、正確な知識をもって社会に貢献する責任があります。

この本を読むまでに、私はジョブズの死因は膵がんだとばかり思っていました。
はやりのGeminiに聞いたところ、次のようなエピソードがあったのです。
ジョブスが2003年に膵臓の腫瘍だと診断された際に、初期の9か月にわたって現代医学の標準治療(手術)を拒否し、代替医療に頼ってしまった。
非常に稀で、進行が遅く、手術すれば治る可能性が高い、タイプの膵臓神経内分泌腫瘍と診断され、医師からは即座の手術を勧められましたが、ジョブズはこれを拒否してしまいます。
・厳格なヴィーガン(絶対菜食)、ピュアフードダイエット、ジュース断食
・鍼治療やハーブ療法
・霊能者への相談、瞑想
・腸内洗浄
このような「代替医療」を選択してしまいました。
「自分の身体を切り開かれたくなかった、そんな風に侵されたくなかった」と言っています。
診断から9ヶ月後、腫瘍が大きくなっていることがわかり、家族や周囲の必死の説得もあって、ジョブズは2004年7月に手術を受けました。
しかし、この時点でがんが膵臓の周囲の組織や肝臓へと転移しはじめていました。
晩年のジョブズは、初期に手術を遅らせた選択を「ものすごく後悔している」と周囲に漏らしていました。
がんに罹った親しい友人には、このような忠告をしたそうです。
「いいか、代替医療なんて絶対に考えるな。まっすぐ西洋医学(現代医学)の治療を受けろ」

福嶋先生は、病気を学ぶ際にしっておきたい「パソロジー思考」を紹介しております。
病気は病因・病態で括るということで、福嶋式「NICE!MD」という標語を提唱しております。
以前、健康の社会的決定要因を「BIG JEMS」という標語でまとめたのと同じくらい素晴らしいものです。
Neoplasm(腫瘍)
Inflammation(炎症)& Infection(感染症)
Circulatory disorder(循環障害)
Endocrine disorder(内分泌障害)
!mmune disorder(免疫障害)
Metabolic disorder(代謝障害)& Degenerative disorder(変性障害)
Developmental anomaly(先天性疾患・形成異常)
NICE! MD の「!」が若干苦しいのですが、そこはご愛敬です。
この世の病気は7種類だと整理すると、なんとなく落ち着きます。
さらに、病気の社会的決定要因(SDH)も7種類。
つまり、病理学のNICE!MD と 公衆衛生のBIGJEMS で病気を理解することは、画期的です。
しかも、病理学の父は、ドイツ人の医師ウイルヒョウ。
病気の社会的決定要因を最初に指摘したのも、ウイルヒョウ。
ウイルヒョウの7&7
「ウィルヒョウのダブルセブン」は、今後はやるかもしれません。
NICE! MD
BIG JEMS
標語がなんとなく「宝石ざぐざくで、金儲けの医者(MD)」というイメージがあるのは少し不安ですが……。
