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記者の取材を受けるときには、最新の注意を払わなければならない

労働基準局安全衛生部の化学物質調査課で勤務していたときの話です。

あるテレビ局の記者から、鉛中毒のことを教えて欲しいと電話がありました。

鉛が身体の中に入ると、様々な健康影響が生じます。

消化器、神経、生殖器、血液など全身の臓器に影響が起きます。

中でも、鉛の粉塵を吸い込んだ後に、急に腹部に痛みが生じる「鉛疝痛」と呼ばれる急性腹症は有名です。

古代ギリシャの医師ヒポクラテスが報告しており、医師国家試験にも出題されました。

盲腸と誤診されて、緊急手術が行われることもあるのです。

医師の問診で、職業や鉛を取り扱っているかを聞くことが重要です。

夏の定番の幽霊は「うらめしや」と言って登場しますが、両手が垂れております。

映画の「キョンシー」も両手が垂れています。
これは、橈骨神経麻痺の症状で、鉛中毒によく出現する神経症状です。

米国の小児科の教科書には、古い家に住むこどもの鉛中毒に注意するようにと書かれています。

古い家のペンキには、鉛が含まれており、こうした家を購入して、ペンキの塗り替えをするときに子どもが鉛に暴露する可能性があるのです。

鉛は、子どもの知能の発達にも影響を与えます。

取材に来た記者に、こうした話をしたところ、大変面白がってくれました。

この記者は、数ヶ月後に労働省の記者クラブに異動となり、あいさつにやってきました。

「ところで、今は何を担当しておられるのですか?」

「今、四塩化炭素の指針を策定しております。近く記者クラブで発表しますので、そのときはよろしく」

調子こいて、ついうっかりしゃべってしまいました。 

「ほう、それは面白そうですね。どんな話ですか?」
記者は、いきなりメモを取り始めました。

「すいません。記者発表資料に書きますので、それを見て下さい」

「冷たいなあ。ヒントだけでも下さいよ」
記者は、食い下がります。

「じゃあ、ちょっとだけですよ。動物実験でがんができたので、労働安全衛生法に基づく指針を策定して、指導を強化します。詳しくは記者発表資料で」

記者は帰っていきました。

それから数日後に、記者から電話がありました。

「先日聞いた四塩化炭素は、既に規制されていますよね?」

「ええ、有機溶剤中毒予防規則で規制されていますが、発がん性の恐れがあるために、それに上乗せして、発がんの恐れのある物質と同様のレベルで取り扱うように指針を作成して、これに基づいて事業者を指導する予定です」 

不吉な予感がしました。

記者はいろいろと事前に調べて、記者発表の記事の準備をしているのだろうと思いました。

記者発表するためは、決裁を回す必要があります。数多くの上司のはんこをもらうのです。

安全衛生部だけではなく、労災補償部も回すように横槍的な指導がはいって、遅れてしまいました。

夏休み中の幹部の決裁を「後閲」で飛ばすことは許されず、ずるずると後ろに伸びていってしまったのです。

八月上旬の土曜日、夏祭りに行って帰ってきたときの留守電を再生して、全身が凍り付きました。

総務企画係長の声でした。

ピー。
本日、夜7時のニュースで四塩化炭素を労働省が新たに規制するという報道がなされるという電話が労働基準局長からありました。

至急、局長レクの対応をお願いします。

ピー。
時間がないので、私と中央労働衛生専門官で局長レクに対応します。

ピー。
局長レク終了しました。
局長からは、もっと早く説明してくれと言われました。

月曜日は、労働基準局の幹部レクのために早めに出勤して下さい。

まさに「後の祭り」でした。
いや、祭りのあとか。

月曜日、早朝に出勤しました。

休日の土曜日に、急遽出勤して対応された中央労働衛生専門官と総務企画係長に謝りました。

局長以外の幹部への説明は、全て中央労働衛生専門官が行いました。

説明が事前になかったことに激怒した某課長には、約1時間説教されて課に帰ってきました。

「テレビ局は、独自取材で報道した。内容が事前に漏れた理由は不明」と、
事前に漏らした犯人は誰だと執拗に聞いてきた某課長に、しらを切り通したそうです。

別の幹部からは、
「報道内容が事前に報道されたことは、良くないことだが、労働省が実施した動物実験結果により四塩化炭素の規制を強化することはいい話であり、それが全国ニュースで流れたことは、全国の労働基準局、労働基準監督署で働く職員にも励みとなった」
と評価していたと、中央労働衛生専門官が言っておりました。

漏らした張本人が言うのもなんですが、
人生いろいろ。
上司もいろいろ。

記者はちょっとした発言にも敏感です。

記者クラブのある階のトイレでの会話に気をつけるように、言われたことがあります。

記者が便所の中で、会話を聞いていることがあるとのことでした。

この「事件」をきっかけにして、記者の取材を受けるときには、最新の注意を払うようになりました。

私をかばってくれた中央労働衛生専門官は、霞ヶ関勤務のときの大恩人です。

労働省の技術系のキャリアで、インドネシア語や韓国語もできる国際派でした。

こういうかっこいい上司になりたいと思い、人生の目標にしました。

道の駅のトイレにありました

毎年、8月の夏祭りの季節が来ると、留守番電話のことを思い出します。

当時はまだ、携帯電話は普及していませんでした。

携帯なら「今どこにいる? 早く役所に出てこいっ!」と言われていたでしょうね。

失敗と書いてせいちょうと読む。
野村監督の言葉は深いです。

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