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タイタニックで炊いた肉とミートルズのニック・ジャガー

映画「タイタニック」を
ご覧になった方は多いと思います。

小学生だった子どもから
「タイタニックで炊いた肉」
というだじゃれを教えてもらったことを
思い出しました。

肉といえば、
私が防衛省にいたときの
最初にお仕えした防衛大臣の話が、大変面白かったです。
現在は外務大臣をされています。

大分県出身の元防衛大臣は、
地元の同級生と、バンドを組んでおられます。

バンド名は「ミートルズ」
リーダーの芸名は、「ニック・ジャガー」

肉屋をされている同級生が、
リーダーなので、
この名前が付いたとのこと。

芸名は、肉じゃが由来です。
別府にあるお肉屋さんを、訪ねてみたくなりました。

さて、気を取り直して、タイタニックの話です。

タイタニック号は、1912年に処女航海で北極海の氷山と接触して沈没します。

映画をご覧になった方は、よくご存じだと思いますが、圧倒的に救命ボートがたりませんでした。

救命ボートが20隻(1178人分)しかなく、1517人が乗れずに死亡しました。

つまり、救命ボートの不足が大惨事を招いたのです。

タイタニック号には、姉妹艦間のブリタニック号がありました。

船には姉妹艦があります。

例えば、戦艦大和の姉妹艦は戦艦武蔵です。
戦艦日向の姉妹艦は、戦艦伊勢です。

プラモデルを買うときには注意が必要です。
戦艦長門と戦艦陸奥は同じです。

ブリタリック号は、第一次世界大戦のときに英国政府に徴用されて、病院船として利用されました。

1916年にエーゲ海を航海中に、ドイツ海軍の機雷に触れて沈没します。

船体の前部に小さな破損が生じて海水が流れ込み、わずか55分で沈没しました。

タイタニックと同じ運命でしたが、救命ボートが十分に用意されていました。

このため、1100人の乗員の中で死者は30人でした。

予防が大事なことが判ります。

まだ、映画をご覧になっていない方は、ぜひ救命ボートに注目して下さい。

レイテ沖海戦に出撃した戦艦伊勢は、徹底して米軍機の標的となります。

米軍機の繰り出す爆弾と魚雷をかわして、
無傷のまま日本に帰り着きました。

米海軍のパイロットは「奇跡の艦」と呼びました。
このときの艦長は椎葉村出身の中瀬艦長です。

米軍機から攻撃される危険がある中で艦を止めて、漂流している水兵を救助したそうです。

中瀬艦長の葬式があったときに、
椎葉小学校の校長先生が来ていたので、
みんな驚いたそうです。

父が「何か関わりがあったのですか?」と聞いたところ、海を漂流していたところを戦艦伊勢に助けられたとのことでした。

椎葉村の小崎に、中瀬艦長の碑があります。

中瀬艦長の父は、柳田国男が来たときの椎葉村長でした。

柳田国男が椎葉村に滞在した五日間は、ずっと随行していました。

柳田国男がこのときの見聞を「後狩詞記」にまとめて、自費出版します。

これが、我が国の民俗学の発祥とされており、中瀬村長の家の庭に碑が立っています。

民俗学発祥と中瀬村長の碑

民俗学と戦艦伊勢の二つの碑がある家は、
日本でここだけでしょう。

家の中のふすまには、西南戦争のときに泊まった薩摩軍の兵士が書いた漢詩が残されています。

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