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鬼と言われた壁村編集長は、地獄から天国の手塚治虫に霊界通信で「1話読み切り、短期連載だ」と依頼している

延岡市の延岡城・内藤記念博物館で開催されているブラックジャック展を見ました。

ブラックジャックの漫画だけではく、手塚治虫さんの医師免許証や、学位論文などの貴重な資料も展示されており、なかなか勉強になりました。

ブラックジャックの連載が、少年チャンピオンで始まったのは、1973年11月19日が発行日となっています。

実は、この頃は、漫画家手塚治虫は、崖っぷちの状態でした。

劇画ブームで、子どもじみた手塚治虫の漫画は人気が低迷し、ついに少年誌では連載が無くなってしまいます。

さらに、アニメ制作のためにつくった会社「虫プロ」が赤字のために倒産の憂き目にあっていたときでした。

連載が無くなり、会社が倒産するような状況を、二人の人物が助けます。

一人は、少年チャンピオンの編集長の壁村耐三です。

もう一人は、関西の実業家です。

倒産したときに手塚治虫は社長ではなかったのですが、個人名義で借金4億円があり、債権者たちの怒号に囲まれていました。

普通の神経だったら、身投げをしていたかもしれません。

壁村編集長の漫画の連載の依頼に、手塚治虫は、主人公が大人でしかも医師のドラマの企画をもってきました。

普通、少年誌の主人公は子どもで、しかも主人公が医者というものは少年誌では前例がありませんでした。

壁村編集長は、手塚治虫の企画にあっさりとOKを出しますが、「1話読み切り、4~5回の短期連載」という条件を突きつけます。

当初は、毎週掲載される13作品中の読者の人気投票では、8~9位と低迷して人気は出ませんでした。

5回を越えても連載終了にならなかったのは、壁村編集長が黙っていたからだそうです。

20回ほど続いたときに、手塚治虫は、債権者会議に呼び出されました。

借金保証書の名義人の手塚治虫本人が出席しなくてはならないものでした。

連載を休んで債権者会議に出ようとする手塚治虫を、壁村編集長は「出るな。出るなら漫画を書いてから出ろ!」と怒鳴ります。

あなたは鬼ですかっ!」と手塚治虫が言いました。

さすがに出ないと大変なことになると壁村編集長も折れ、チャンピオン編集部では前回掲載した漫画をそのまま再掲しました。

借金の方は、関西の実業家が支払うことでなんとかケリがつきました。

実業家は、債権者の怒号が飛ぶ状況下でも漫画を平然と描いていた手塚治虫の姿を目にして、「この人はホンマに天才や」と感じたそうです。

延岡城・内藤記念博物館の門

一方、チャンピオン編集部には、読者からの電話が鳴り止みませんでした。

再録の漫画が載っているのは「詐欺だ」、「金返せ」と全てがクレーム電話でした。

アンケート調査の葉書を出してくるのは、プラモデルなどのプレゼント目当ての男の子どもです。

大人や女性は、アンケート調査の葉書を出すことはほとんどありません。

人気投票は、こうした読者層の意見を反映したものではありませんでした。

編集部では、このときの苦情電話が決定打となり、ブラックジャックの長期連載を決めたそうです。

その後のチャンピオンの人気投票では、上位を占め、あしかけ10年の長期連載となりました。

手塚治虫の代表作の一つとなる名作となりました。

仕事の依頼が再び急増し、一時は月産600ページにも達したそうです。

手塚治虫がこのどん底の季節を経験した後に、あらためて肝に銘じたという座右の銘です。

人を信じよ、しかしその百倍も自分を信じよ。

壁村編集長もまた、「伝説の編集長」と漫画界で名前を残しております。

チャンピオンの編集長になったときには、チャンピオンは、サンデー、マガジン、ジャンプと比べて出遅れておりました。

全部、読み切り形式に変える。のんびりストーリーものをやっておられない」と戦略を練ります。

雑誌は、大型の長期連載を成功させ、それによって固定読者を掴むというのが部数増加の王道でした。

だが、壁村編集長はあえて王道とは真逆の道を進み「一発勝負」の読み切り作品を並べて新規読者を読み込む方向へ舵をきったのです。

壁村編集長は、手塚治虫に依頼した時「一話読み切りの物語で4~5回の短期連載」という厳しい条件を出しましたが、他の作家も同じ条件だったのです。

この壁村編集長の読み切り戦略は、大成功でした。

山上たつひこさんの「がきデカ」

石井いさみさんの「750ライダー」

鴨川つばめさんの「マカロニほうれん壮」

名作が誕生し、チャンピオンは、先行雑誌を追い抜いて漫画誌として初の発行部数200万部を突破しました。

私が高校の頃は、宮崎市内の本屋で、チャンピオンをよく立ち読みしておりました。

特に「まかろにほうれん壮」と「ブラックジャック」が好きでした。

ちなみに手塚治虫は、ブラックジャックの中に、壁村編集長がモデルとなる人物を登場させています。

「イレズミの男」という作品です。

全身入れ墨のヤクザの親分が、「自分が死んだら、体に掘られた入れ墨を残したいが、傷をつけては駄目だ」という条件をつけてブラックジャックに手術(?)を依頼するものです。

壁村編集長は1998年に膵臓がんで亡くなっています。

今ごろは、雲の上で、漫画「ブラックジャック天上編」を天使達相手に展開しているかもしれません。

いや、「鬼」と言われた壁村編集長は天国に行ける人ではなかったかも。

しかし、地獄から天国の手塚治虫に霊界通信で連絡して、「1話読み切り、短期連載だ」と注文していそうです。

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